《見えぬもの 信じられたら 夢いっぱい》

 サスペンスドラマが好きでよく見ていますが,主人公というのは格好良いことを言うものだといつも感心させられます。
 愛や思いやりのような形のない抽象的な存在を信じられるかどうかは,人が生きていく上で大切な資質の一つです。子どもには実体のないものを信じる力を育て上げておかなければなりません。
 講演では,訳の分からないお化けの存在を怖がることができる子どもなら,形のない思いやりの心が実感できるとお話しすることがあります。お化けなんかいるわけがないと思っていると,思いやりとは打算であると妙な計算しかできません。怖がる子どもが健やかに育っているのですよという励ましのつもりですが,今ひとつ力不足な説得だと気になっていました。
 学校の授業では多くの抽象的な事柄を学びます。卒業生が「学校で習ったことは実社会では役に立たない」と感想を聞かせてくれます。ある数学者が「授業とは頭に道を造ることである」と書いていました。知識は道づくりの道具であり,道が完成したら邪魔になるので忘れて片付ければいいというのです。習った知識が役に立つのではなくて,抽象的なものを考える道筋ができていることが大事です。上手な説得の仕方だと感心して,使わせてもらっています。
 ドラマの主人公は語ります。「小さい頃にサンタクロースがいると信じていたら,大きくなって嘘だと分かっても,心にサンタクロースの部屋が残る。その部屋に愛などの信じるものが入れるのだ」とヒロインに言い聞かせます。説得調ではなくて覚えやすく素直に理解できる説明です。売れっ子脚本家はさすがに見事なものです。
 お化けのいる闇,何の邪魔もない開かれた道,夢のある部屋,どれも同じことを言いながら,伝わる力に違いがあるようです。

(No.81:リビング北九州:99年9月18日:1321号掲載)