*** 子育ち12章 ***
 

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「第 5 章」


『母さんの 見えない糸に あやつられ』


 ■はじめに

 第3,4章のテーマは,言葉づかいでしたね。
 言葉を覚えたときに子どもは成長の階段を一歩ずつ上っていきます。
 正しい言葉づかいは,心の主食です。
 美しい言葉づかいは,栄養豊かな心の副食です。
 言葉の先生であるママにがんばってもらわなければなりません。

 ところで,親は子どもの成長を願っていますね。
 その思いはいいのですが,あせりは禁物です。
 気が付かないうちに子どもの育ちを邪魔してしまうことがあります。
 花を早く咲かせようと水を掛けすぎて,根腐れを招くようなものです。

 それは分かりますが,じゃあどうしたらいいの?
 そんなに急いで育てようとはしていないつもりです!
 そんな声が聞こえてきます。
 その疑問にお答えしようとするのが,この章のテーマです。



【質問5:あなたのお子さんは,自分で決めていますか?】

 《「自分で決める」ということの意味について説明が必要ですね!》


 〇「我思う,故に我あり!」

 大変哲学的な言葉ですが,要するに「私があれこれ考えるから,私がいる」ということを言った人がいました。古い言葉を持ち出したのには訳があります。最近の青少年の犯罪は訳が分からなくなっています。何かがおかしくなっていると思うのは親ばかりではありません。どうもここ十数年の子育てがどこか間違っていたのではないかと感じられ,その手がかりをつかみたいと思っているからです。順を追って考えてみましょう。

 話材としては少しきついですがしばらく耐えていただいて,「自殺」という言葉を取り上げます。自分を殺すというのですから,殺人です。犯人がいるはずです。犯人は誰でしょう? 犯人は「もう一人の自分」です。自分が自分を殺すのです。「お前は生きていてもいいこと無いよ」と引導を渡すのは,「もう一人の自分」です。もちろん,死んではいけないと止めるのも,もう一人の自分です。

 冒頭の言葉は,「もう一人の自分がいるから,自分という者がいる」と言い換えることができます。

・・・子どもにも「もう一人の子ども」がいると類推できますね。・・・


 〇鏡の向こうにいる人は?

 視聴者からの投稿ビデオを放映するテレビ番組で見たひとこまです。ショートケーキを頬張る2歳の女の子が主人公です。口の周りにクリームをくっつけています。画面脇から鏡とティッシュペーパーが渡されました。女の子は鏡をのぞき込み,ティッシュで鏡を拭きはじめました。鏡に映っている女の子の口周りにクリームがついているからです。その子が自分だと分からないのです。自分を見る「もう一人の自分」がまだ誕生していません。

 赤ちゃんから育っていくと,やがて物心がつくようになります。このとき「もう一人の子ども」が誕生していると考えて,「第二の誕生」と呼んでおきます。具体的には,それまで子どもと密着をしていた母親が,ときどき離れていきます。同体であった母親が分離することで,残された自分に気づかせられます。誰が気づくかといえば,そこで誕生した「もう一人の自分」です。鏡の中の自分が分かるようになります。

 この気持ちの上での分離は「第二の出産」に相当し,父親の参加が不可欠です。父親の出番ですが,それは母親を妻に引き戻す夫としての魅力を発揮することです。母親がときどき離れていく先にいる「アイツは何者?」と父親の存在を意識するようになり,父親と自分を対比することで自分意識が芽生えていきます。このように母子間の第二のへその緒を断つのは父親なのです。もちろん蛇足ですが,夫婦で子どもを邪魔にすることとは違うということは分かっていてくださると思います。

・・・夫婦仲良くすることが,第二の出産を自然分娩にします。・・・


 ○親離れの意味は?

 ママが子どもを思う気持ちはひとしおでしょう。健やかな成長を願ってしつけにも一所懸命です。あれはダメ,これはしなさいと,指図することがたくさんあります。幼いうちは必要なことですが,いつまでも続けるわけにはいきません。「もう一人の子ども」を育てなければなりません。

 ママが思うようには子どもはできません。「こんなこともできないの」とけなします。子どもは意気消沈して途中で止めます。「なぜ止める!」と追い打ちをかけます。子どもはどうしてよいか分からなくなります。こんなことが度重なると,子どもは母親の顔色をうかがうようになります。「お母さんがイカンと言う」,「お母さんに怒られる」と言い始め,「自分の好きなこと」より,「母親が好むこと」をしなければとしつけられます。

 母親という背後霊が子どもに取り憑いてあれこれ指図ばかりしていると,依頼心の強い子どもに育ちます。もう一人の子どもに母親がすり替わって,育ちを邪魔しています。親離れとは,「もう一人の子ども」を登場させ,育ちを促すことなのです。子どもを育てようとするのではなく,もう一人の子どもが育つのを気長に見守ることです。

・・・もう一人の子どもは,親離れによって育ちはじめます。・・・


 ○もう一人の子どもの肥満化?

 かつて[3K」を嫌うという若者の特徴が語られたことがありました。3Kとは,キツイ,キタナイ,キケンな身体を使う仕事です。家庭で言えば暮らしそのものです。それは「手の世界」であり,生きている自分の世界です。それでは3Kのない世界はというと頭脳的労働であり,つまり「目,耳,口の世界」です。3K嫌いとは自分の世界を忌避することに他なりません。炊事洗濯掃除など余計な仕事と嫌っているのは,生きていることからの逃避です。それを解放と錯覚したときから,子どもたちはおかしくなり始めました。

 知力偏重の弊害が言われています。知力は読んだり聞いたり見たりといった視聴覚を偏重します。実は「目,耳,口の世界」がもう一人の子どもの住む世界なのです。すなわち,知力の偏重とはもう一人の子どもの肥満化と言うことができます。頭で考えることには際限がありません。夢や空想などどこまでも広がっていくでしょう。それが悪い方に振れたとき,子どもたちの無軌道な行状に現れてきます。人を殺す体験がしてみたかったということを臆面もなく言ってのけます。視聴覚の世界が仮想空間であるというしつけを忘れてきた結果です。

 現実の世界は有限であり,そこは「手の世界」,自分が生きている世界です。普通の世界ですから面白くもおかしくもありません。だからといって,自分の世界を無視するから,もう一人の自分が肥大化してしまいます。

 限りある弱い自分をダメなヤツと拒否すれば,自暴自棄になったり,自分を閉ざしたりします。自分から逃避すれば,他者までも否定し弱いものイジメに走ったり,責任転嫁する卑怯な屁理屈を持ち出したりします。おもちゃが壊れたとは言ってきますが,壊したとは言ってきません。

・・・人が生きるとは,自分ともう一人の自分の二人三脚です。・・・


 ○子どもの可能性を引き出すのは誰?

 子育てが子どもの可能性を引き出す営みであることは知られています。ところが大事なことが案外と見落とされています。それは誰が可能性を引き出すのかという点です。なんとなく親や先生が可能性を引き出してあげるんだと思っていますが,思い違いです。子どもの可能性を引き出すのはもう一人の子どもなのです。

 子どもたちの望みは「ゆっくりしたいこと」という調査がありました。口癖は「疲れた」です。ちょっと何かをさせてもすぐ疲れます。親ははがゆい思いで尻を叩きます。なぜ疲れるのでしょうか? それは「させられること」だからです。しなければならないと追い立てられるからです。人に言われてすることは疲れるものです。では疲れないときはどんなときでしょう。「もう一人の自分」がしようとするときです。しなければならない授業は疲れ,したいと思ってする遊び時間は疲れません。親はあまりにさせようとし過ぎていませんか? 遊びが大切だという意味は,もう一人の子どもを目覚めさせるからです。

 子どもは甘える生き物です。我慢や忍耐が苦手です。我慢しなさいと命じて我慢させます。無理矢理ですから,何とか逃げ口上をひねり出そうともがきます。しまいには親は自分のことを分かってくれないと邪推しかねません。「我慢しようね」ともう一人の子どもに訴えるように語りましょう。言われてするのではなく,もう一人の自分が我慢しようと決めるようにし向けるのです。忍耐力が無いというのはもう一人の自分が育っていないからです。

 自立とは自分が立つと書きますが,立たせるのはもう一人の自分です。きついな,イヤだな,こわいな,面倒だなという自分の思いを,もう一人の自分ができることはやってみようと決めて,自分の可能性を引き出すことが育ちです。自分を信頼できるようになることが自信をもつということです。自分が信じられなくて自信は持ち得ません。懸命に生きている自分をもう一人の自分が喜ぶように,親がほめて手助けをしてやることが育てることです。

 ・・・指導と干渉の違いは,もう一人の子どもの決定権の有無です。・・・



《自分で決めるとは,もう一人の自分が育つという意味です》


 ○親が決めてやっていると,成功しても親の成功,失敗しても親の失敗,すべてが親のせいとなって,子どもは何も得るものはありません。もう一人の子どもは自らの存在を誇示したくなり,とんでもないことを考え,しでかしたい衝動に向かわせます。

 【質問5:あなたのお子さんは,自分で決めていますか?】

   ●答は?・・・どちらかと言えば「イエス」ですね!?

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