*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 12-06 章」


『寂しさを 伝える言葉 伝わらず』


 ■つれづれ

 ある社会教育関係の会議で司会をしていたときです。学校週五日制,つまり地域・家庭二日制への取り組みとして公民館で行われる活動に,父親の参加がないという嘆きが語られました。父親とすれば,顔を出していると熱心だと見なされ,役員にさせられることをおそれているからというのです。このことはPTAにおける母親のおそれとも重なっています。

 どうして役員になることを忌避するのでしょう。それが面倒だからといった程度の怠け心であるならまだ救われます。ところが,最近,役員なんてくだらないことはする必要はないとうそぶくような手合いが現れてきました。ごりごりの自分勝手さを臆面もなく押し通すことが自分の生き方と宣言してくるので,二の句が継げず,あきれてしまったという役員の声も聞かれます。

 固い殻に閉じこっていないと不安なのでしょう。自分のことしか考えられない余裕のなさが,自分の世界を窮屈にしていきます。殻から抜け出してみれば,本当はもっと楽に生きられるはずです。人のぬくもりを知らずに育ってしまったのかもしれません。

 役員になるのは何か下心があるはず,そうでなければあんな引き合わないことをするはずがない,そう勘ぐってみているから,自分が役員になったときに人からそう思われると思いこんでおそれてしまいます。人の噂に熱心な人は,裏返せば自分が噂になることをおそれるのと同じなのです。人は自分の思いを鏡に映して見てしまいがちです。

 人のぬくもりは,実は自分の中にあるぬくもりに気がつくことです。喜んでくれてよかった,そういう自分を見つけられたら,人のぬくもりを信じることができるはずです。確かに人には望ましくない感情があります。でも,それだけではなく,望ましい感情もあります。その部分でつながりあえるのです。役員を忌避する気持ちがあるならそれはそのままでいいから,役員の苦労にちょっとだけありがとうと思うようにしてみることです。違った世界が開けてくるはずです。



【質問12-06:ママ,あのね。ママはワタシに言葉を教えてる?】

 《「言葉を教えてる」という意味を分かってあげましょう!》


 〇行動語?

 洗濯物を畳んでいたママが,「お風呂の湯加減をみてきて」って言ったので,お風呂場に行って湯船の蓋を開けました。白い煙がブワッとわき上がってきてビックリしました。ママの所に引き返して,「白い煙がいっぱい見えたわよ」って告げました。「それは湯気でしょ。湯加減はどうだったの?」。

 「湯加減?」。「そう」。「どうやって?」。「そんなことも知らなかったの! お湯に手を浸けてみるのよ」。「手を?」。「そう」。「それで?」。「それでって,まだ分からないの。熱いかぬるいか分かるでしょ」。「そうか。でもママは見るって言ったよ。手で見えるの?」。「何をバカなことを言ってるの。手で見えるわけないじゃない!」。「?」。

 「アツッ」。「ママ,お湯は熱かったわよ」。「そう,ありがとう。パパにお風呂沸きましたって言ってね」。パパがお風呂に入りました。「ぬるいぞ」と言いながら,追い炊きをしています。その声を聞いたママがワタシに,「湯加減をみる前に,お湯をよく混ぜたの?」って聞くので,「ウウン」と首を横に振りました。「お風呂のお湯はよくかき混ぜないと,下の方が冷たいのよ!」。「?」。

 あのね,ママ。ワタシは何をするにも失敗ばかりでいっぺんでは済まないけれど,一度ゆっくりと経験したら分かるようになるの。「湯加減をみる」ということがどういうことか今度はしっかり分かったからね。でも,ママの教え方はいつも叱っているようで嫌なの。普通に言ってくれたらもっと聞きたくなるんだけど。

 ママはワタシに用事を頼んでも一回で済まないから面倒かもしれないね。でも,一度だけの面倒でいいからみてくれないと,ワタシは何も知らないままで放っておかれることになるから,お願いね。行動を表す言葉は,具体的にどうすればいいのかを一緒に覚えないと役に立たないんだから。

・・・具体的な行動を言葉に結びつけて教えるには手間がかかります。・・・


 〇似ている?

 公園で弟と遊んでいたときです。弟が「笑ってる」と言いながら,指を差しています。その先にはパンジーの花が咲いていました。そう言われればワタシにも花びらの模様が笑っているように見えてきました。「本当ね,笑っているみたいね」って,弟に話しかけていました。

 お家に帰ってから,弟がママに話しています。「公園のお花が笑っていたよ」。ママは「?,花が笑うわけないでしょ」。大人ってどうして正しいことばかり教えようとするんでしょう。言葉の発達を無視しすぎます。言葉を身につけるには順を追っていかなければなりません。

 幼い弟が使える言葉はまだ意味が明瞭ではありません。弟が言った「笑ってる」を,ワタシは「笑っているようね」と言い換えました。弟は笑うという言葉を笑顔の形として覚え使っています。弟にすれば,正しいのです。ワタシは笑うのは人の表情に限るという意味を知っています。花びらの模様の形は確かに笑顔だけれど人ではないので,笑っているように見える,似ていると言うしかありません。

 幼い弟は知っている言葉の助けを受けて,まわりを分かっていきます。赤い世界を「夕焼け」で覚え知った弟は,他の赤く見えるものすべてを「夕焼け」と言っています。「夕焼けみたいね」と言えるようになるためには,ワタシのように夕焼けが何を指すのか正確に覚えなければなりません。

 あのね,ママ。ワタシが動物園ではじめて虎を見たとき,一瞬「大きな猫」に見えたけど,猫じゃないから「猫みたい」と言葉を出したことがあるでしょ。そして虎という言葉をちゃんと覚えられたの。○○みたい,○○のよう,その類推を通り抜けることで言葉の意味がはっきりしてくるような気がするけど,違ってる,ママ。

・・・言葉を理解するには,似ている部分を手がかりにすることです。・・・


 〇見えないもの?

 暑い夏の外出から帰ってきて,ママに言われて窓を開けました。風が吹き込んできます。「ワー,涼しい」。「生き返るようね」。街中のアスファルト道路で吹き付けてきた風はムッとする暑さでした。ワタシはいろんな風を感じて,面白いなと思いました。

 軒下に吊してある風鈴がリーンリンと心地よい音色を聞かせてくれます。木の枝がさわさわと揺れているのが見えます。風がものを動かしています。この前やってきた台風は,ワタシよりも強い力でいろんなものを吹き飛ばしていました。風にすごい力があることを知って,驚きました。

 風って見えないから,こわいときがあります。夜に閉め切った窓ごしに外を見ていると,誰もいないのに木がざわざわと動くからです。ヒューッという音が聞こえてくると一層気味が悪くなります。ちょっと窓を開けると,風を感じるから,風のせいだと分かって安心します。

 あのね,ママ。風って見えないけれどあるんだよね。手で捕まえることはできないけれど,ワタシが感じることができるのって不思議。そういえば,音も見えないけれど,人の口とかテレビとか,音の出てくるところが見えるから,ちょっと違っているわね。風ってどこから吹いてくるのか分かんない。ママ,どこから?

 見えないものを実感することに慣れてくるといいことがあるみたい。先生が思いやりという言葉を教えてくれたけれど,思いやりって見えないから難しいと思っていたの。でも,風は見えなくてもあることは感じることができるように,いろんな思いやりがあるような気がしてきちゃった。これでいいのよね,ママ。

・・・抽象的な言葉にステップアップするには補助が要りようです。・・・



《言葉を教えてるとは,具体的な意味をつかまえさせることです。》

 ○言葉は物事を区別し限定して表現するものです。水が貯まっている場所を水たまり,池,湖,海と言い表します。子どもは例えば池という言葉を身近ですから最初に覚えます。海を見たら大きな池と理解します。「違うでしょ」と否定するのではなくて,「大きな池を海っていうのよ」と後押ししてくださいね。

 ママは言葉の先生ですから,子どもとじっくりお話ししてください。そのとき,子どもの言葉を「そうね」と受け止めて,必要があれば追加してやってください。周りの世界をママが実況中継するようなつもりで聞かせてやると,言葉が豊かになるでしょう。


 【質問12-06:ママ,あのね。ママはワタシに言葉を教えてる?】

   ●答は?・・・もちろん,「イエス」ですよね!?

「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第12-05章に戻ります
「子育ち12章」:第12-07章に進みます