*** 子育ち12章 ***
 

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「第 12-07 章」


『目立たない 得意なことも 子にはある』


 ■つれづれ

 親であれば,子どもの学力について関心を持たざるを得ません。学力という言葉から連想される言葉は試験ですね。学力テストに苦しめられたトラウマが誰にもあるからです。巷では今時の子どもたちの学力低下が心配されています。ただ単に試験の成績が低下しているというだけではないようですが,今ひとつ分かりづらいことでしょう。少し考えてみましょう。子どもたちには,こうして「考える」ことがなされなくなっています。面倒なことはごめんという逃げがあるのです。

 学力とは何か? 多くの人が読み・書き・そろばんであると答えるはずです。生きるために必要な素養ですが,今風に言い換えると「リテラシー」です。リテラシーは読み書きの能力という意味です。最近の情報社会では,情報リテラシーという言葉も現れてきました。ここまでは,調べて意味を明らかにするという段階に過ぎません。つまり,まだ学力について考えてはいないのです。

 考えるという手続きは,物事の「関係」を紐解くことです。関係を見るためには,最低二つのことを想定しなければなりません。そこで,「子どもと学力」の関係を考えることにします。考える基本形が見えてきました。「○○と○○の関係」のように二つを並べたとき,考える作業がスタートします。

 子どもにとっての学力とは? 問を設定できました。子どもが素養である知恵を取り込むためには読む力が必要です。これが学べる力で,吸収する力です。知恵を発揮するためには書く力が必要です。これが学んだ力で,使える力です。学力とは知恵の収入と支出がバランスよくできる力といえます。本を読まなくなると,知恵の収入が目減りして,知恵の貧乏に陥りますし,知恵が足りないと,当然知恵の支出もできません。

 生きるためには知恵だけではなく,あらゆる物事に対して自分の収支決算をする必要があります。収支を計るためには,そろばん勘定が不可欠です。いわゆる損得勘定です。無駄な行動をしないためには,投資と利潤,コストや時間の計算など,量的な比較をします。そろばん勘定ができないと,最も卑近な例では負債を抱え込んで生きづらくなります。

 学ぶ力とは,人として必要な知恵を学べる力と学んだ力をバランスよくレベルアップする実行力なのです。もちろんそこには,関心を持つとか,ねばり強さとか,判断力,決断力などの多様な資質が絡んできますが,学力とは何かが見えていれば自ずから備わってくるものです。



【質問12-07:ママ,あのね。ママはボクの得意を分かってる?】

 《「得意を分かってる」という意味を分かってあげましょう!》


 〇できる?

 ボクがはじめて立ったとき,ママもパパも「できたね」って喜んでくれたね。ボクは立とうと思って立ったんじゃなくて,何となくママのようにしたいなとしただけなんだけど。でも,ママが喜んでくれたから,なぜだか分かんないけどワクワクしちゃった。できたねって,そんなにいいことなのかなと思ったんだよ。

 歩いたり走ったりできるようになり,自分で何でもできるようになると,気持ちがウキウキするのってどうしてなんだろう。ママがうれしそうにしてくれるからかな。でもこのごろ,ママは「どうしてできないの」って言うばかりだから,つまんない。

 友だちが何かしていると,ボクもしたいなって思うことがある。しんちゃんが高いところから飛び降りているのを見て,ボクもしようと思ったけどこわくてできなかった。ママはきっと「危ないから止めなさい」って言うだろうけど,ボクはがんばって挑戦したんだ。今日飛べたんだよ。足がドンとしてちょっと痛かったけど,できたって思ったし,ちょっぴり得意な気持ちになったよ。でも,やっぱりママには,黙っていよう。

 あのね,ママ。ボクだっていっぱいできることがあるんだよ。できるっていいことなんでしょ。子どもだからママと同じようにはできないけど,でもボクはボクなりにできるようになっているんだから。ボクはそんな自分がとっても好きなんだ。明日は何ができるようになるかな,そう思うとうれしくなるんだ。

 妹が部屋の中を走ってまわると,ママは「走ったら危ないでしょ。おとなしくしていなさい」って言うよね。妹を見ていると,うれしくってたまらないという顔をしているよ。走ることのできる自分がうれしいという気持ち,ボクにも分かるから一緒に走ってあげたくなっちゃう。ママはできるようになったときのうれしさって忘れちゃったのかな?

・・・子どもはできるうれしさに誘われて育っていきます。・・・


 〇叱られない?

 ママと一緒に図書館に行ったときのことだった。カーペットが敷いてあるコーナーで本を読んでいたら,男の子が棚の間を走り回る足音がしたんだ。すぐに図書館のお姉さんに注意されていたみたい。ふっと不思議な気持ちになっちゃった。どういうわけか分からないけど,その子が羨ましいと感じていた。

 この前も,似たようなことがあったっけ。ママがキッチンでお料理をしていたときだった。ボクはおとなしくテレビを見ながら待っていたんだけど,妹がママにいつものようにまとわりついて叱られていた。また叱られていると思う一方で,寂しくてつまんないなという気持ちになっていた。

 ママが何を叱るか分かっているし,叱られたくないから,叱られないようにしているけど,でもどうして寂しくなるんだろう。どうして,ママ? ママが遠くに行ってしまったような気がするんだ。ママの言いつけを守っていない子の方が,ママの近くにいるように思えてくる。

 あのね,ママ。ボクはママに叱られないように一所懸命にがんばっているんだよ。図書館ではボクだってときどき走ってみたくなる。だって,いっぱい本があってうれしいんだもの。妹がママにまとわりついているとき,ボクもときどき一緒にって思うけど,ママが忙しいから我慢してるんだ。

 ママは叱るときだけ子どもを見ているみたい。叱られないようにがんばっているボクのことは,まるでいないみたい。いつだったか忘れたけど,「いい子にしているわね,えらいね」って言ってくれたことがあったよね。ボクのことを分かってくれているんだなって,ちょっぴり得意な気持ちになれたんだ。叱られないようにしていることがどれほどしんどいことか,分かってほしいんだけど,ママ。

・・・叱りの目には見えないがんばりを得意とする子どもがいますよ。・・・


 〇納得?

 学校ではどうしていろんな教科があるんだろう。国語,算数,理科,社会,音楽,体育,図工などの教科書がいっぱいあって,ランドセルが重たいんだよ。一つにしてくれないかな。国語は字を覚えられるから最初は面白かったけど,覚えても覚えてもいっぱいあるから,たいへんだ。算数はものが数えられたらいいと思うんだけど,足したり引いたり,面倒なことばっかり。

 体操が大好き。だって,遊んでいるのと同じだもん。走ったり跳んだり,ボールを追いかけたり,楽しいよ。他の教科と違って,勉強しなくていいからいいな。図画はお絵かきだけど,上手に描けないからつまらない。どうしたら先生みたいに上手になるのかな。

 あのね,ママ。学校では試験があるんだよ。ママは試験を受けなくていいからいいね。ボクが取った点数を見ると,ママはボクをにらむけど,いくらにらんでも点数は変わらないから無駄だと思うよ。試験は面白いところもあるみたい。だって,これでいいのかなって思ったところが○になると,うれしいんだよ。分からないところは×だけど,仕方ないものね。

 ボクはね,あれもこれもしなくてはいけないから,忙しいんだ。全部はとてもできないよ。どうしても得意なものとそうでないものができてしまう。算数は試験の成績はよくないし面倒だけども,ボクは得意なんだ。だって,答えが一つしかないから。理科とか社会は答えがいろいろあるんだもん。

 ママは,得意な教科というのを試験の点数がよくて,誰にも負けないものと思っているようだけど,ちょっと違うんだよ。ボクが得意と感じていることなんだけど。算数の試験で○や×をもらったとき,自分で納得できるんだ。でも,他の教科では,どうして○か×か分からないことがあるから,すっきりしなくて。

・・・これでいいと自分に納得できることが得意になるものです。・・・



《得意を分かってるとは,子どもが大切にしているものを知ることです。》

 ○これをしようと思い,どうなるか結果をある程度予想できて,そうなっていくとき,子どもは夢中でのめり込んでいきます。得意なことになります。どうしてゲームにあれほど熱中し,得意な遊びになっていくのでしょうか? かなりの所までこうしたいと思った通りになるからです。完全にクリアすれば興ざめしますが,あれこれ考えた分だけ先に進める,それが大切です。

 急には得意にはなりません。足し算からはじめて引き算,かけ算割り算とレベルアップしていくように,長い道を進んでいくうちに,あるところでふっと「そうか!」という気持ちになることがあります。小さな悟りです。馴染むといえばいいでしょうか。腑に落ちるようになれば,後は一気に走れます。


 【質問12-07:ママ,あのね。ママはボクの得意を分かってる?】

   ●答は?・・・もちろん,「イエス」ですよね!?

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