*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 19-04 章」


『子育ては 責め立てるより 受け入れて』


 ■徒然子育て想■
『見張りから見守りへ!』

 参観日。中学生になると,親に通知状を隠して渡さないこともあります。来てほしくないという意志表示です。親にすれば大事な学校からの連絡を渡さないなんて,とんでもないことですね。車を運転中。パトカーが視野にはいると緊張します。携帯電話は掛けていない,シートベルトはしている,慌てて安全チェックをします。特に違反や不都合はないとは思っても,監視されないところに早く行きたいという心理が働きます。参観日と運転中,似ているような?

 取り締まりの目は嫌なものです。家族間では,かつて嫁にとっての姑の目がありましたが,今では姑にとっての嫁の目かもしれません。世間の噂話もあら探しから生まれ,テレビやスポーツ紙のゴシップショーも同類です。根掘り葉掘り憶測だけが堂々巡りをしています。揚げ足を取って責めるといったひねくれた色眼鏡を掛けているのに,それが世間の目だと自己弁護する様は異様です。純朴さが置き去りにされた社会は,健全さを侮蔑さえします。

 世間を嘆いて見せるのは繰り言ですが,背景として気をつけておかないと,飲み込まれてしまいます。子どもを見る目が揚げ足取りに傾いていないか,自己チェックをする機会を持ちましょう。鵜の目鷹の目で査定されていたら,子どもはビクビクするだけです。ママたちに子どもの長所と短所を挙げてもらうと,短所はすらすらと出て来るのに,長所については考え込んでしまうといったことが普通です。子どもはほめられるより叱られることのほうが多いと思っています。

 子ども時代に,親に嘘をついたり誤魔化したりしたことがあるはずです。親を騙すのは簡単です。でも実は,親は騙された振りをしているだけです。子どもに対して一点の疑いも抱いていないという態度を貫くことが,親の務めであると弁えているからです。親を騙したという後ろめたさが子どもの心に歯止めを掛けることを信じていればこそです。もちろん,それとなく遠巻きにし嘘が行き過ぎて犯罪につながらないように押さえておくのは,大人の知恵です。

 子どもがママに求めているのは,見張り役のママではなくて,見守ってくれるママです。自分のことをあくまでも信じてくれる,自分のことを分かってくれていると信じられるママです。信じてくれるから裏切れない,それが子どもに育ちへの活力を与えることになります。見守ってくれるママの言うことだから,反発しながらもじんわりと心に届きます。守るとは,心配だけど子どもに任せておいて,危ない目に遭わせないように間接的に防御の態勢を保つことです。



【質問19-04:落ち着いているから,素直に育ち続けます!】


 ○第4軸:落ち着く

 落ち着くといえば,どんなことを連想されますか? 休日にお出かけして,のんびりと温泉に浸かって,ア−と息抜きをするとき,おじさんもおばさんも落ち着いた風情を漂わせます。娘さんたちも子どもたちもすっかり仲間入りしています。日々の中でも,帰ってきてお風呂に浸かるとき,一日の疲れが吸い出される中で,気持ちの落ち着きが得られる方も多いことでしょう。ひとしきり落ち着いた時間を過ごすと,英気が養われて,がんばろうという気持ちになるものです。

 競技に参加しているとき,人前で話をするとき,いろんなプレッシャを感じるとき,もう一人の自分が自分に「落ち着いて」と囁きます。落ち着かないと,自分の能力が発揮できないからです。不安な気持ちを持っていると,自分の力は不安を押さえるために内向きに使われてしまいます。これが萎縮するという状態です。それでは,落ち着くためにすがるものはどんなことでしょうか? 辛い練習をしてきたとか,十分に下準備を済ませたということです。

 できることはやったという実績を支えにして,気持ちの区切りがついていると,落ち着くことができます。一日の仕事はきちんとし終わったと思うから,お風呂に入ってくつろぐことができます。何かし残していると思うと,落ち着けないでしょう。ちゃんとできたかどうか不安なときも,なんとなく気持ちがざわついて,落ち着くことができません。たとえば,外出しているとき,ガスの元栓を閉めたかどうか覚えていないときには落ち着かずに,仕事が上の空ですよね。

 慌てるときも,落ち着きを無くします。朝の出がけに慌ただしくバタバタするときは,何か忘れ物などして,ことが円滑に運びません。慌てると転ぶこともあり,危険です。いいことは何もありません。早めに起きさえすれば,落ち着いて行動することができます。なにより頭の回転がすっきりとするはずです。寝ぼけてぼんやりしていると,考える機能が落ち着きを欠くことになります。早めに取りかかるという習慣が,落ち着きをもたらすのです。

 初めての場所,初めての行動,初めての出会い,子どもはいつも初めての○○に遭遇しています。物心が付いてくると,いろいろと考えるようになりますが,初めてのことについては考える手がかりが全くありません。お手上げ状態になると,不安がこみ上げてきます。知らないことに対しては,人は落ち着いて向き合うことはできません。入学試験の際に前日に試験場を見に行くのが普通ですが,気持ちを落ち着かせるためです。予習することが普段の子育てでも大切です。

・・・できることを早めに済ませておけば,落ち着きが必ず得られます・・・


 ○味方!

 「できなかったら,どうするの?」。ママはときどき,子どもを脅かして追いつめることはありませんか? 「あなたはできるはず,がんばらなきゃ!」。ママはときどき,子どもに期待を押し付けて突き放すことはありませんか? 子どもは,「できなかったらどうしよう?」と不安になります。ママは励ましのつもりでしょうが,子どもにはプレッシャーに変わります。よい子であるほど自分を追いつめるので,やがて気持ちが壊れていきます。

 親の期待に添わない子ども。それが普通です。親の思い通りに育つ子どもは,無理をしているはずです。考えてみてください,ママ自身は自分の期待通りになっていますか? 「反省や悔いがあるからせめて子どもには」という気持ちでしょうが,反省のない人などいるはずもありません。あちら立てればこちらが立たずという具合に,それぞれ違った反省と期待成就があるから,人に個性が生まれます。親自身が総体的に100点ではないけれど,それなりにやれていると思うことです。

 子どもに期待を掛けてはいけないといっているようで,後ろ向きに感じられるかもしれません。お伝えしたいことは,現実をよく見て,無理のない期待を寄せていただくことです。期待とは待つことですから,できないときは見守り,できたときに一緒に喜んでやるという態勢が,励ましになります。できないときに叱るのは,見張りの役目であり,敵対的な立場を取ることになります。一緒に喜ぶのは,見守りの役目であり,味方の立場を取ることです。

 ママが子どもを指導するという気持ちで向き合う傾向が強まっています。「○○しなさい」という命令が多いということです。子どものためと思い込んでいるから,親としての不自然さに気付いてもらうことが困難です。できない子どもを持つと苦労するというつぶやきが出るようなら,ちょっと立ち止まってほしいのです。親は子どもの評定者ではありません。家庭でもあれこれ評価されていると思うと,子どもは家が落ち着ける場所ではなくなります。

 ママは味方であると,子どもは信じています。ところが,ママからいつも叱られていると,孤独になります。自分がいけないからだと思い詰めていくと,もう一人の子どもは自分が嫌になります。そうなると育ちへの意欲はズバリ半額と割引されます。自分を安売りするのは,やけっぱちな気分と重なり,ドウセという捨て鉢になることにもなりかねません。ママが味方だと感じることができたら,ママが喜ぶからという大きな励みがあることを忘れないでください。

・・・味方であるとは,弱点を大目に見て強点を一緒に喜ぶことである・・・



《子育てには,忙しいという都合が手抜きになります。》

 ○子どもと向き合っていると,気になることばかりが目に付きます。食事に集中できずに,遊びながら食べるといったことがあります。叱ることよりも,「食べてから一緒に遊ぼう」と導いたり,ちょっとの間でも集中できたときには「ちゃんとできたね」と認めてやるようにした方がいいですよ。好き嫌いなども,無理矢理押し付けるより,調理法を変えたり,ひとかけらの努力をママと同時にしてみませんか?

 ほら,肘をついたらダメ。いただきますは言ったの。さっさと食べて。矢継ぎ早に指導が入ると,食事を落ち着いて食べる雰囲気ではなくなります。ママが同時に食事をすれば,一緒に頂きますを言い,口に運ぶペースも真似をすることができます。ママは忙しいので,つい子どもだけに食べさせるということがありませんか? 良いお手本であることが暮らしの場での自然なしつけになります。

「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第19-03章に戻ります
「子育ち12章」:第19-05章に進みます