*** 子育ち12章 ***
 

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「第 19-06 章」


『子育ては 言葉ありきで 知恵付けて』


 ■徒然子育て想■
『"伝えた"から"伝わった"へ!』

 皆さんは親孝行をしていますか? 愚問ですね。おじいちゃんおばあちゃんは孫を可愛がってくれます。遠くにいるのであれば,里帰りの際に歓待してもらえます。もう亡くなられているなら,天国から笑顔で皆さんを祝福しておられることでしょう。親にとって最もうれしいことは,世代のつながりを実感できることです。親は子どもに自分の命を伝えます。その子どもが孫に命を伝えます。そのとき,祖父母は自分の命が孫に伝わった歓びを受け取ります。最高の親孝行ができていますね。

 親は思いを子どもに伝えようとします。でもそれがきちんと伝わっているのかというと,自信が持てませんね。この子は分かっているのかしら? そんな迷いを抱えながら,毎日の子育てをしていくしかありません。有り余る子ども思いの親心は,子どもには荷が重いということもあります。よかれと思っていても,かえって子どもには拙いことになる場合もあります。離乳食のように,一人一人の子どもの育ちに合わせた伝え方があります。

 貧しい国の子どものために,先進国からミルクが届けられます。ところが,実のところあまり役に立たないそうです。先進国のミルクは栄養が豊かすぎて,貧しい子どもたちの身体は受け付けないそうです。助けたつもりなのですが,助かったとはならないのです。善意といえども,それがきちんと届くとは限らないということです。衣類を届ける場合も,ドレスのようなものを届けたとしても,日常の暮らしの服装としては不適当になります。

 日常では,相手に届けるものとして最も身近なものは,言葉です。こちらの意図を伝えたつもりでも,相手に伝わったとは限らないことが起こりえます。単なる言葉の行き違いにすぎませんが,時には大きな傷を与えてしまうこともあります。「あなたなんか,うちの子どもではありません!」。うちの子どもでいたかったら,ちゃんということを聞きなさいというつもりでしょうが,子どもに伝わるのは見放されたという言葉通りの意味です。

 伝言ゲームという遊びがあります。人から人へ言葉を伝えていくと,最後の人に届いたときは全く変わってしまうという転換を抑制しながら,どれほど正確に伝わったかを競う遊びです。噂にまとわりつく尾ひれが,やがて本筋に入れ替わってしまう怖さがあります。言った言わないというすれ違いも,伝えたつもりが伝わっていないということの一つです。どうしたら伝わるように話すことができるのか,子どもにそのコツをしっかりとしつけてくださいね。



【質問19-06:話しているから,知恵を生かそうとします!】


 ○第6軸:話す

 一人で考えているよりも何人かで話している方が,考えが深まったり広がったりまとまることがあります。言葉が絡み合うことで,ひらめきが生まれるからです。どうしてでしょう? 人に話す場合は,自分の考えをきちんと伝えようとして,最も相応しい言葉を選ぼうとするはずです。結果として,言葉遣いが丁寧になります。人の考えとは言葉を使って構成されるものなので,考えが研ぎ澄まされ練り上げられていくことになります。これが学校授業の骨子です。

 自分の側の事情だけではなく,話している相手から被せられる言葉も,大きな意味を持っています。例えてみましょう。「白い犬がいた」と話します。相手から「どれくらいの大きさだった?」と尋ねられます。話している方は分かっていますが,聞く方は分からないからです。大きさを伝えるのに,どう言えばいいのでしょう? 「小さな犬だ」と言っても,伝わりません。人によって小さいという大きさはまちまちだからです。

 「猫より一回り大きいぐらい」と言えば,伝わります。相手と共通にイメージできる大きさとして,猫を持ち出したことが大事です。自分しか知らないものでは役に立ちません。あるいは,背丈が20センチぐらいという言い方ができれば,もっとはっきりしてきます。こうしたやりとりをして細部の確認が進んでいくと,ただ白い犬でしかなかったイメージが詳細に描かれていきます。そうかもしれませんが,それがどうしたというのでしょう?

 子どもの絵がチグハグなのは,大きさという細部が見て取れていないからです。例えば,家の大きさと人の大きさの割合がデタラメです。自分の大きさを基準にして,大人は大きく,お家はもっと大きく・・・といった感覚を育てていきましょう。また,人の絵もプロポーションが不釣り合いです。手はどんな形か,腕はどうか,肩は,胸は,腹は,腰は,足は,足首は? 身体の部位を表す言葉を覚えることで,人のイメージの細部がちゃんと見えるようになるはずです。

 絵は感性の表現だから,絵を描くのに言葉は要らないと思ってはいませんか? しかしながら,その感性も言葉を手がかりにしなければ掴まえることができません。負の感性も,イライラする,ムカツク,腹が立つ,嫌になるなどの言葉があるから,意識レベルに持ち込むことができます。あの人のそばにいるとドキドキする,それが恋というものだと知ったとき,気持ちに納得がいったはずです。豊かな感性は豊かな言葉から発します。そこにお話を読む効用の一つがあります。

・・・きちんと話そうとすることが,言葉を覚えるきっかけになります・・・


 ○知恵!

 異業種の方からお話を伺うとき,業界用語というものに出くわします。さらっと話されるのですが,どうにもピンと来ません。どういうことかが分からないからです。暮らしの中でも略語やカタカナ語が増えてきて,世間から遠ざかっているような気になります。知らない言葉というのは,聞いても意味が分からないだけではなく,なによりも聞き取れません。「いま何と言ったの?」と聞き直すことになります。次には「何のこと?」と続きます。

 不謹慎ですが,お坊さんのお経を耳にしても,何のことやらちんぷんかんぷんです。罰当たりなことに,聞いていると眠くなってきます。聞こえていても聞こえてこない言葉だからです。見知らぬ人たちの会話を耳にしたとき,知っている言葉や関心を持っている言葉が出てくると,つい耳をそばだてます。言葉がちゃんと聞こえてくるからです。ものごとを知り考えるためには,それなりの言葉が欠かせません。言葉を覚えることが,知恵を得る方法なのです。

 子どもは名前という固有の言葉を覚えることで,自己と他者を意識化することができます。誰かがいるというのではなく,○○ちゃんがいると名前で認識するとき,お友達という関係が成り立ちます。見ず知らずの人とは言葉のつながりがないので,認知できません。さらに,ボクのオモチャ,○○ちゃんのオモチャという所有権の区別ができるのも,名前というものがあることを知っているからです。「あれは何?」 子どもの質問は言葉を知りたいからです。

 聞き分ける,見分ける,分かりが早い,と並べてくると,なんとなく見えてくるものがあります。「分ける」ことが「分かる」ことであるということです。最も基本的な分け方は,言葉で分けていくものです。大根,ネギ,ゴボウ,・・・と野菜を分けます。山や川や池と風景を分けていきます。人には男と女がいて,大人と子どもがいます。血液型という区分けもありました。喜怒哀楽と気持ちを分けていますし,生老病死と苦を分けています。分かろうとするからです。

 分けることは違いを見つけるということでもあります。違いの分かる男というCFがありましたが,真偽,善悪,美醜という違いを弁える知恵を,子どもには持たせたいですね。悪ふざけをちょっとぐらいならとか,皆がしているからと躊躇なく踏み出すけじめの無さは,違いを曖昧にしていることになります。生活のリズムも,ダラダラするのではなく,きちっとここからは○○をするという時間の区分ができるようにすればいいのです。片付けも分けて整理することです。

・・・ものごとを分ける言葉は,生きていく上で最も必要な言葉である・・・



《子育てには,裸の親の生活態度をしつけてしまう怖さがあります。》

 ○言葉なら任せておいて。ママは自信満々でしょうが,少しばかり苦言を言わせてください。おしゃべりの中の言葉は,どこに出してもいいという言葉ではないのではないでしょうか? 大丈夫ですか? 中学生くらいの子どもは,ママたちのおしゃべりを情けないと感じることもあるようです。本当は好きではないけれど,お付き合いだから仕方がないということかもしれません。いずれにしても,子どもに聞かれても恥ずかしくない会話をするようにしてください。

 叱るときの言葉は少し乱雑になります。怒りが紛れ込むからです。ほめるときの言葉はとても温かくなります。歓びが込められるからです。子どもをほめて育てるように心掛けていれば,気持ちは優しく,言葉はきれいになります。いつもは叱ってばかりで,たまにほめ言葉を使うと,皮肉っぽくなってしまいます。何か下心があるように伝わります。言葉遣いに気をつけると,親子関係もよい方に動いていきますよ。

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