*** 子育ち12章 ***
 

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「第 20-03 章」


『子育ては 子どもの素直さ 引き出して』


 ■徒然子育て想■
『個人情報の過保護?』

 平成15年に「個人情報の保護に関する法律」が制定され,平成17年4月からは民間事業者にも適用されました。個人情報とは,特定の個人を識別できる情報とされています。例えば,名前,住所,電話番号などが個人情報です。名刺も個人情報になります。ところで,個人情報を検索できるように集めたものが個人データと呼ばれます。名簿などが相当します。名刺をスキャナーで読み込み整理すると個人データというわけです。利用目的を明確にしたデーターを,外部に漏らしたり,目的外の利用をすることを禁じています。

 個人データを特定の利用目的で集めている組織体では,取り扱いに過敏になっていて,念のためにという考え方をして,極端に配布を自粛しています。例えば,役場内でも行政課が違うと住民の情報を勝手に参照することができず,住民本人に情報を取ってきてもらうという手間を求めるようになっています。会員名簿のようなものも,会員自身が目的外利用されないように注意するようにしたほうがいい状況になりつつあります。

 子どもの母校である小学校で周年行事としてかつて風船飛ばしをしました。秋桜の種と住所氏名を書いた紙片を入れた袋を付けて飛ばし,数百キロ離れた所から,届いたよという便りを頂きました。今年も周年行事の年になりましたが,未知の人に向けて個人情報を開示することは如何なものかという理由で,風船とばしは不可能となりました。もちろん,法律による禁止ではありませんが,世情を考えると,しない方が無難ということです。

 学校では緊急のための連絡網が必要ですが,その名簿をクラス全員という形では配布できず,必要最小限である前後の人だけを各自に教えるようにしている学校もあるようです。公的な名簿をむやみに配布できないという抑制が,情報の流れを停滞させて,公的な活動がやりにくくなっているのが現状です。その背景には,個人情報を公開したくないという世間的な流れがあります。

 駐輪場に置かれている自転車には,全部と言っていいほど持ち主の記入がされていません。自分のものという宣言が消え去っています。名前のないものは誰のものでもないという連想から,勝手に使ってもいいのではという所に行き着き,無断でもいい借用という事態を招きます。また,表札を出してない家もあります。名もなくひっそりと暮らさなければならないのでしょうか? もっと堂々と名乗りを上げて欲しいと思いますが,それは間違いなのでしょうか?



【課題20-03:ママお願い! そんなに怖い目でにらまないで!】


 ○こんなこと・あんなこと!

 おしっこをすると,どうしてブルブルッとなるんだろう。オムツをしているから,したいときにできちゃう。ママはボクがおしっこをしても知らんぷり。大丈夫と思っているみたい。だから大きな声で泣いてやるんだ。おしっこ出たよって。そうしたら替えてくれるんだ。でもお外にいるときは怖い目でにらまれることもある。泣くのは濡れて気持ち悪いからじゃないよ。オムツって重たいんだよ。ママもオムツをしてみると分かるんだけど!

 フワッとした白いものがある。ママがいつもしているように引っ張ってみると,スルッと取れちゃうけど,またフワッとした白いものがある。取っても取っても,同じことの繰り返し? 何も変わらない! ママはどこが面白いのだろう? ママがボクの方を見て,慌てて駈け寄ってきて,取り上げちゃった。怖い目をしてにらみながら「ティッシュをこんなにして,ダメでしょって」と言うんだよ。せっかくママのように遊んでいたのに!

 今日はママはお休みです。ボクはお友だちと約束していたのでお外で遊んでいて,帰りの時間がちょっと遅くなりました。ママは夕ご飯の準備を終わっていました。ボクが玄関の扉を開けると,ママは怖い顔をしています。「ごめんなさい」。「ママは心配するでしょ!」。ボクだって毎日ママの帰りを心配しながら待っているのに,と思いましたが,黙っていました。だってママは,ボクと違って,お仕事なんだから!

 雨上がりの午後に,ママと一緒に買い物に出かけるところです。ボクはお外に出て待っています。ママは出かけるときはとても忙しいから,ボクが先になってしまいます。お家の前に水たまりができています。足下に白い雲があります。雲に乗ってみようと足をかけました。雲がグチャグチャになって揺れています。扉を閉めて出てきたママが「何してるの?」と大きな声で言うので振り向くと,怖い目でにらんでいます。すぐ足の届くところに雲があるんだもの!

 買い物に行った帰り道です。ちょっと寄り道して公園の中を通ります。桜の枝が覆い被さるようになっているので,手を伸ばして飛び上がりましたが届きません。ママは「何してるの? 無駄なのに」という風に見ています。そばの草むらをハトが歩いています。人なつっこくて近づいていっても逃げません。通り過ぎる振りをして,パッとハトを足で踏むもうとしましたが,サッと逃げられました。ママは怖い目でにらんでいます。遊んでいるだけだよ!

・・・いけない子どもに見えますが,通過すべき体験を積み重ねています・・・


 ○ありのまま!

 アリさんはいつも裸です。どうしてでしょう? それはアリのままに生きているから。ところで,人は皆の中で生きています。その皆とは見ず知らずの人ではありません。自分のことを分かってくれている皆です。いつもそうであればいいのですが,分かってもらえない場合もあります。人は見かけによらないという言葉を知ってはいても,自分に当てはめてみることを忘れるものです。見かけで判断してしまいます。

 どうしてあなたはいつもそうなの? 子どもをパターン化してしまっていませんか? ママが怖い目で子どもを見ているとき,あるべき子ども像を重ねて,そうではない現実の姿の方が間違っていると見ています。ありのままに子どもを見ていないから,いけない子どもとしか見えてきません。本末転倒の状態です。いけない子どもなのではなくて,いけない子どもと見ているママの目の方が間違っているのです。

 本当の自分を分かって欲しい。大人でもそう願っているはずです。ましてや子どもは,パパやママにだけはありのままの自分を分かってもらいたいと思っています。親にいけない子だと思われていると感じたら,ありのままの自分が否定されていることになり,子どもはいたたまれないでしょう。見聞という言葉を思い出せば,見ると聞くとがセットになっています。見ると聞くとは大違い。片方だけでは誤解が生じることになりやすいのです。

 子どもとの対話が,見て言うことになっていませんか? 聞くという姿勢をとらなければ,子どものことは分かりません。子どもの気持ちや心のありのままは,言葉で表されます。何を感じ何を思い何を願っているのか,じっくりと言葉を聞き取ってこそ分かるものです。見た目ではいけないことをしでかしていても,その背景には子どもなりのわけがあります。言わないと分からないでしょ,早く言えばいいのに,そんな繰り言を言う前に,聞いてやってください。

 お母さんの目,笑うといい目になるよ。怖い目をすることもあるママだけど笑うときはいい目になると,子どもはママのありのままを見てくれています。もちろんママだって子どものいいところは十分に知っているはずです。大切なことは,そのことを子どもにちゃんと伝えることです。子どもが公の場で騒ぐとママに叱られます。ところが,静かにお利口さんでいても当たり前として何とも言われません。おとなしくできてえらいね,ありのままを受け止めてください。

・・・ありのままで育たなければ,楽しいはずの育ちが遠のいていきます・・・


 ○子どもに話しをするとき,「早く」という言葉を使うことがあるでしょう。大人は早くと言えば伝わると思っていますが,そうではありません。早くという程度は,大人と子どもでは違ってきます。その違いが親子の諍いの元になります。具体的に言わなければ伝わりません。「早くお風呂に入りなさい」と言うよりも,「宿題をする前にお風呂に入ってね」。「早く帰ってきてね」と言うよりも,「今日は5時までに帰ってきてね」。

 「ちゃんと片付けなさい」ではなくて,「ここにこうして並べておいてね」。「妹をちゃんと面倒見てね」ではなくて,「一緒に仲良く遊んでやってね」。何をどうすればいいのか,具体的な行動を話してやるようにしましょう。どこにいつまで何をどうすればいいのか,それをママはちゃんと?話すようにしてください。何遍言ったら分かるの,と言うような場面になるのは,ママの方が具体的な話をしていないというサインです。

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