*** 子育ち12章 ***
 

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「第 21-06 章」


『子育ては 母の言葉を 口移し』


 ■徒然子育て想■
『主観の世界?』

 タリウム? その硫酸塩は殺鼠剤や殺虫剤として使われ,有毒物質です。ちょっと化学の本を開いて調べると,専門用語の他にどきっとするような,それでいて一目瞭然の言葉が読み取れます。身の回りには置きたくない代物です。それをこともあろうに,母親に飲ませる子どもがいました。虐待を受け続けたといったことがあって,近親の憎悪というのであれば正当防衛として過剰ですが分からないでもありません。それでも,もっとも大事にしたいはずの母に向けた心根は理解できないはずです。

 最近,子どもが母親に牙を剥いている事例が散見されます。どうしてこんなことになってきたのでしょうか? もちろんごく特別な事例ですが,とても気になります。何が原因なのでしょうか? かけがえのない人,その典型が母と子どものお互いであったはずです。何事にも例外があるとはいえ,割り切れない悲しさがあります。女子生徒にとって母親は見ず知らずの人でさえなく,モルモットと同格になっているような報道内容が衝撃です。

 母親の容態を観察しブログに掲載しているという冷酷さは,対象との関係を一切拒否する客観性に通じます。裏返せば,孤独の世界に住んでいるということです。母とのつながりが核となって,子どもは人間関係を結んでいきます。人とのつながりは主観の世界ですが,思いやりや優しさという大切な資質は,主観と客観のバランスの上に成り立ちます。人間らしさである主観の世界を子どもに植え付ける,それは家庭教育の最大の課題ですが,かなりひ弱になっています。

 「お母さん」。子どもが母を呼ぶ声に常に向き合っていればいいのです。呼ばれた際に「何か用? はやく言いなさい」と切り口上風に答えているようでは,子どもは疎外感を感じます。呼ばれたら気持ちを子どもに向けることです。子どもは格別の用がないときにも「お母さん」と口にします。夫婦の間で「あなた」とただ言ってみたいときがあるはずです。甘えるといえば分かりやすいでしょう。つながりを確かめたくなる,そんな呼びかけを大切に受け止めてやってください。



【設問21-06:お子さんは,話の伝わり方を確かめていますか?】


 ○共感の完成!

 「何遍言ったら分かるの?」。親の心子は知らず。嘆く気持ちも分かりますが,子どもには無理だと弁えてください。親になったことがないのですから,子どもに親の心が分かるはずはありません。親の気持ちは親になって実感できているでしょう。切ないことですが,逆もあります。分かってくれないという気持ちは,子どものほうも持っています。親は子ども時代を経験しているはずなのに,すっかり忘れています。

 親は子どもの気持ちをちゃんと分かっていると思っています。そう自認していながら,「今日はどうだった?」と尋ねて「別に」という返事を受けています。この頃何も話さなくなったと悔やんでもいます。何を考えているのか分からない,そんな呟きも聞かれます。親子がお互いに分かり合えていないという事実を真摯に受け止めることから始めましょう。コミュニケーションの大切さは,分かっているという思いこみから脱したときに見えてきます。

 家庭であいさつをしていますか? 普通には家族の間で一々あいさつなんかする必要はないと思われています。朝起きてきて「おはようございます」。それがコミュニケーションです。おはようという声の調子から,いろんなことが感じ取れるはずです。あいさつは同じ言葉が交わされるところに意味があります。おはようという語りかけが無視されたら,拒否のメッセージになります。時候のあいさつも,「寒くなりましたね」,「寒くなりました」という繰り返しが基本です。

 「お母さんできたよ」,「そう」。子どもはがっかりします。「できたね」と言葉を重ねてください。子どもは分かってくれた,自分の気持ちが伝わったと感じ取ります。「美味しいね」,「当たり前でしょ,わざわざ手作りしたんだから」。子どもはそんなことを求めてはいません。「美味しいね」と共感してくれればいいのです。返事をする前に,先ず子どもの気持ちを受け止めてやることです。共感の基本は言葉を繰り返すことです。

・・・分かり合うというのは,理解することではなく共感することです・・・


 ○こんなこと・あんなこと!

 西の空が夕焼けです。幼い子どもがママって言いながら空を指差します。「きれいね」と受け止めます。それが子どもに指を差させた理由だからです。子どもの思いと共感しているというサインとして,気持ちを表す言葉を使ってみせます。ママと一緒にきれいだと思った夕焼け,その体験が美的な感覚を育てていくことになります。ママの感性を子どもに移し込む手立てとして,共感を伝える言葉を交わすようにしてください。それが子どもの求めている対話です。

 「ママ,今日も忙しいの」。ママが忙しいのは分かっています。ママがゆっくりできるときがないかなとさりげなく尋ねてきます。身の回りの必要なやりとりだけではなく,どうということのない二人の時間を持ちたいと感じています。そうとはっきり言葉に出せばいいのにと大人は思います。でも,子どもは自分の気持ちを掴まえて言葉にする力が未熟です。「忙しいの?」と言うのが精一杯です。「だったらどうしたの?」というママの問には答えられません。

 「今度ね」。子どもの要求をはぐらかすために,親がよく使う手立てです。「今度っていつ?」,「今度は今度」。期限を切らずに先延ばしにしようとしている親の魂胆をかすかに感じ取っています。子どもは具体的な言葉から覚えていきます。曖昧な言葉は意味不明であり,伝わるものがありません。言葉として不完全です。だから,聞き返します。ママの言う言葉は分からない,いい加減と思うだけならまだしも,ママ自体を理解不能に感じるようになります。

 今の子どもたちは,テレビから言葉を覚えます。テレビ番組の中の言葉はテレビの世界で交わされています。見ているものに向けられてはいません。見ているものが勝手に画面の外から見聞きしているというパターンです。幼い子どもはテレビに向かって言葉を返そうとします。でもテレビはこちらの言うことを完全に無視します。言葉は受け取るだけのものと刷り込まれます。子どもの言葉を受け止めてくれる環境を作らないと,伝わる言葉を失っていきます。聞いてやってくださいね。

・・・美しい言葉とは,伝えるのではなく伝わるように装った言葉です・・・


 ○本を読む,それは心の食事です。テレビの言葉はインスタント食品,本の言葉は本格的食品と言えるでしょう。最近食育という言葉が創り出され注目されていますが,身体をつくる食品だけではなく,心をつくる食品,言葉についても手抜きをしないようにお願いします。マイフェアレディでイライザがしつけられたことは,言葉遣いでした。言葉が美しくなることで,立ち居振る舞いばかりではなく心も美しくなりました。言葉は人柄です。

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