*** 子育ち12章 ***
 

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「第 21-10 章」


『子育ては 明日への期待が ナビーゲート』


 ■徒然子育て想■
『期待と強制?』

 待ち望んでいた赤ちゃんが生まれ,産前産後の不安と緊張の中にも,ホッとした安堵感が新しい家族の出発を和ませてくれます。赤ちゃんには名前が授けられます。赤ちゃんには何の相談もなく,親が一方的に赤ちゃんの将来への願いを託します。親の名前の一字を継ぐという形,時代の風を感じさせる漢字を使ったもの,運を招くように整えられたものなど,手法は違っても,親として最初にする赤ちゃんへの心を込めた贈り物です。

 「親付けた 名前のように 育たない」という川柳がありました。名前負けをするということもないわけではありません。誕生したときには無限の可能性を持っているように思えますが,育ちが進むにつれて可能性の選択肢が目減りしていきます。パパの撮る映像では,幼い我が子はいつも一番です。親バカといわれていることなど,一向に意に介しません。親が通る道ですから端が気にすることはないのですが,成長と共に我が子の映像記録の量は減っていきます。

 我が子が集団に入る時期になり,その他大勢の一人になってくると,せめて人に後れをとらないようにという焦りが,親の心に芽生えてきます。その頃から,子どもへの期待が変質して,強制という色に染まってくるようになります。「〜しなさい」,「どうしてできないの」,「ちゃんとして」,「さっさとして」,「○○ちゃんはできるのにあなたは」。家庭での詰め込みしつけにならないように,程ほどにしつけをしてくださいね。

 期待という言葉は,時期を待つということです。今すぐ実現しなくてはならないのではなく,そのうちに時が来れば実現するだろうと待つことが大切です。もちろん,何もせずにぼんやりと待つのではありません。そんな場合もありますが,普通には実現に向けた努力を伴うことが前提です。努力の時間を持つために,待ち時間が必要になります。「すぐにはできないけど,やがてできるようになるからがんばろうね」,それが期待を込めた励ましです。



【設問21-10:お子さんは,明日のすることを考えていますか?】


 ○目的の発掘!

 あれもないしこれもないから不幸せ? あれもあるしこれもあるから不幸せ? 貧しい時代と豊かな時代の不幸せです。成長期と停滞期ではどちらが元気が出るでしょう? 明日はよくなる,その期待が人の活力を誘引します。がんばっていることが,生きている幸せの種です。もうすぐ幼稚園,もうすぐ小学一年生,もうすぐ中学一年生,もうすぐ社会人一年生,卒業の後に明日が見えているから,今日の期待が楽しくなります。

 ニートという若者が増えています。これからも増えてくることでしょう。それはこれまでの子育て環境が産みだしてきた成果?であると考えて,反省をすべきです。関係ないと思っていると,子育て環境の修復が遅れることになります。環境指標として小生物の増減を取り上げることがあります。小さな生きものが住めない環境は,不備があるという評価法です。社会の中で子どもたちが健全さから逸脱しかかっているという状況は,子育て環境への警鐘と聴き取るべきです。

 社会的な動きを横目で見ながら,家庭ではどのようなことを心掛けておけばいいのでしょうか? 親には我が子をしっかりと育てることしかできません。ニートの若者に欠けているものはいくつかありますが,根源的なものは目的の喪失です。何のために生きていこうとするのかという,人としての芯です。もちろん生きていく目的というのはとてつもない大問題であり,大人でさえ解答は難しいものです。だからといって,放り出していては生きられないのです。

 貧しい国の子どもは,大きくなって母親を楽にしてやりたいという具体的な目的を持っています。目的を持っているから勉強するという目の前のことに一心不乱に打ち込むことができます。今,子どもたちは何のために勉強しなければならないのかと親に問います。子どもの将来のため? それは目的にはなりません。いい会社に勤めるため? それは手段の選択でしかありません。自分の生きる目的を家族への愛を入口にして導いてやってください。お願いします。

・・・一人で生きていく道は空虚で寂寞とし生きる力を吸い尽くします・・・


 ○こんなこと・あんなこと!

 親は暮らしのあれこれに毎日忙しくしています。疲れると気持ちがついささくれ立ってきます。子どもは親の傍で安らぎを感じることが少なくなっていきます。大人になってもいいことがないみたいと学んでいきます。早く大人になりたい,そんな大人の魅力を子どもにいっぱい見せてください。大人っていいな! どうすればパパやママのような素敵な大人になれるのだろう? 子どもはパパやママを見習って懸命に追いかけてくるようになります。

 子どもにとって節目は育ちを認識するきっかけになります。入園する,年少さん,年長さん,小学一年生,二年生・・・と年を刻んでいきます。ところが,同級生が一緒に進級していくと,教室だけは変わっていきますが,その他のことは実感として何も変わっているとは思えません。大人には毎年が同じように思えるのと同じです。異世代の子どもたちとの交友関係という年齢に関する物差しが必要なのです。目の前のお兄ちゃんが来年再来年の自分の節目として見えるということです。

 この次はちゃんとしよう! 今度はできるかもしれない! 先を見ている目が備われば,明日への期待が産まれます。ところが,往々にして子どもの明日を親の言葉が茨の道に塗りつぶすことがあります。「今のままでは明日が思いやられる」という心配のあまり,暗い明日を突きつけてしまうのです。「歯を磨かないと虫歯になる」,「勉強しないと合格できない」,などの脅かしです。暗い明日ではなく,明るい明日を思い描かせることがしつけです。

 コツコツと積み重ねる体験をすれば,忍耐力が身に付くばかりではなく,明日へ期待する考え方がしっかりと根付きます。子どもは「今すぐ」という感覚を持っていますが,少しずつ順序を追って事をなすのが当たり前と思うようにしつけます。月毎のお小遣いを計画的に使う,貯金して買い物をする,おやつを明日の分だけ残す,今日は我慢して明日に回す,明日の用意をする,靴は出るときのために出船の形に揃える,・・・先を楽しく快適にするようにしましょう。

・・・明日に楽しさを見つけることができたら,楽しんでがんばれます・・・


 ○子どもは何か面白いことないかな,と思っています。それはご隠居の感覚です。暇を持て余しているといった方がいいかもしれません。明日が白紙状態で何も見えていないからです。今に満足するのではなく,今の中に課題を見つけ,明日はよくなる,そのために今何をすればいいのか,そのように進む思考回路が生きる力につながります。そのためのしつけは,特に難しいことではありません。一言でいえば,親が担っている暮らしの苦労を少しお裾分けしてやりましょう。

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