*** 子育ち12章 ***
 

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「第 23-09 章」


『子育ちは 楽しい明日を 待ちながら』


 ■徒然子育て想■
『自己愛?』

 自己愛。しばしば登校拒否の原因ともいわれます。総じて今の子は自己中心的です。例えば,優等生は周囲の期待に応え,自己愛を満たすために猛勉強をします。バランスを壊すと,中学で狂い,自己喪失という脇道もあります。安易に気に入った自己イメージに合わせようとすると,格好だけを気にするようになります。見られる自分に過度に気を遣うようになると,振り回されている自分が見えなくなります。

 手っ取り早く自己イメージを確かなものにするためには,自己否定した上で成り立つ倫理的・社会的な理想像を持とうと焦ります。幼児がヒーローやヒロインになろうと真似をするようなものです。スイッチポンであっという間に変身できるかもしれないと錯覚しています。幼い子どもの他愛のない夢であるうちはいいのですが,何時までもそうあっては困ります。その切り替えをするために,体験という手続が有効になります。体験の意味は,自分の弱さを思い知ることです。

 夢や理想を追い求めることは育ちの原動力ですが,焦りや安易な期待はエンストを招くだけです。急には育てないという待ちの姿勢が必要です。今現在はただ「らしくなろう」とするだけの所で止まれるように,気持ちの余裕を持つようにしつけましょう。身の丈のモデルを持つということです。そのためには,豊かな体験を与え,自分は特別な人間(可愛がられ,尊敬されるべき?)とは思わせないように,適切なブレーキを掛けてやりましょう。



【設問23-09:子どもって,どうして待つことができないんでしょう?】


 ○こんなこと・あんなこと!

 明日。人は誰しも明日を待ちます。明日がないと思い込んでしまうと,とても辛くなります。ところで,明日をどのように待てばいいのでしょう。「明日が来る」と思えば,何かしら追い立てられているような気持ちがしませんか? そこで,「明日を迎える」と思うようにしましょう。主体的に意識する態度を持てば,明日を待つことができます。何時までも明日が来なければいいという気分の時もありますが,そんなときこそ新しい今日を待つことができるはずです。

 不自由。日本人の今の生活を概観すると,自分の行動に少しでも不自由があると,もう許せないと大仰に騒ぎ立てているようにみえます。ちょっと立ち止まって待つ,その間にじっくりと自分には何ができるかを考えれば,道は拓けてきます。それが待てないために,すべてのことがまわりや人のせいに思われて,口を尖らせながら,気持ちを険悪な方向に逸らしていきます。可能性を封じているのは自分の性急さであることに気付くためにも,ゆっくりお茶でもしてみましょう。

 ビールの味利き。味利きをする条件として,空腹であることがあげられています。味覚が鋭くなるからです。空腹であれば何でも美味しくなるといわれるのも,同じ理由です。ビールを試飲する合間には,食パン,フランスパンを口にして味を戻すようにします。無味にさらすことで,味を待つ状況にリセットし直すのです。白紙の状態になることは,新しい待ち状態に入ることになります。次から次に口にするという食べ方は,上品とは言えないだけでなく,味音痴につながります。

 三分法思考。遠藤周作の一文の抜粋です。「まったく幸福とは言えぬが,しかしそれほど不幸ではない三つ目の状態がある。歓びと悲しみの中間の感情も存在する。中間とか対立したものを併合した状態もある」。ともすれば,幸福と不幸,健康と病気,善と悪といった二分法にとらわれます。対立した二つに分けるとはっきりするからですが,人のことはそんなに割り切れるものではありません。例えば,中肉中背といった曖昧な部分が普通であるように,思考を急がずじっくり中間を意識しましょう。


 ○ママへのメッセージ!

 目標。夢や希望という明日の目的に向かうために,今日の目標が想定されます。目標とは今現在に目指すものであり,今努力を傾けるものです。決して結果ではないということを知っておいて下さい。目標には,弱い自分でも今出来ることを掲げます。可能性のあることが条件であり,だから努力できます。努力をしながら待っているから,目的に近づいていくことができます。コツコツと励む,それは結果を急がずに待つということなのです。

 子ども像。しつけをするとき,「子どもはこうあるべき」という期待像を持っています。そのこと自体は正しいことなのですが,気をつけなければならないことがあります。将来を引き寄せて今こうでなければというイメージを持つのは危険です。先走った期待像を押し付けると,子どもは親好みの子どもにならなければと無理を強いられ,親の顔色を窺うようになります。駆り立てられるから疲れやすくなります。「あるに越したことはない」と思って,育ちをじっと待ってみませんか。

 生活体験。子どもは親,大人,教師のいうことを聞かなくなってきます。大人たちに対して,凄いな,さすが,偉いなという感じを心底から持てていないからです。例えば,胡瓜を薄く切ることを,子どもは包丁で切れば簡単と考えていますが,生活の中で体験すると難しいことに気付きます。なのに母は難なく切り揃えていきます。凄いと感心します。親の強さは怒鳴りつけることではなく,生活の端々でしてみせることです。何時か大人のようにできるようになりたいと,楽しく待つことができます。


 ○人が避けることのできない四苦とは,生老病死です。よく見ると,生が何故苦なのかと思われます。生きることが苦になる,それは生きていると「思うに任せぬこと」が多いからです。そこで人には考えるという力が鍛えられてきました。なんとかしようという生きる力です。思うに任せないから人生はおもしろいという感想は先のこととして,考えれば何とかなると信じて,あれこれの考えがまとまるまで待ちつづけて生きていくしかないようですね。待てば海路の日和あり。

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