*** 子育ち12章 ***
 

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「第 23-13 章」


『子育ちは 愛の光を 身に浴びて』


 ■徒然子育て想■
『自己同一性の危機?』

 IDENTITY CRISIS。自己同一性の危機がいわれますが,もう一人の自分が自分の存在を確信できなくなっています。簡単に言えば,自分は何者かというイメージが明確に持てないために,不安定な気分に捕らわれています。試しに「自分は何?」と問いかけてみませんか? 思いつくことは,そのほとんどが人との関わりが中心になっているでしょう。そこで,自他の関係性を整理しておきましょう。

 外からの規範としては,私は○○の子ども,職場の主任,妻であるといったことや,男はこうあらねばならないとか,さらにはトレンディな暮らしができていることまで言及されるかもしれません。母親としてという暗黙の規範もかぶさってきます。女らしさといった規範は建前からはもれてきましたが,結構しぶとく生き残っています。子どもらしさ,生徒らしさという曖昧な規範もあります。人は社会的な規範という制服を着用することで,自分の存在を自他に対して明らかにしています。

 内からの規範としては,私は○○で社会に貢献したい,私は○○を信条とするものであるといったことがあります。他との関わりの中味を意識化することで自分らしさを獲得します。私はこの子の親であるということの前に,この子を愛おしく思っている自分を意識しているはずです。親であるとしか意識していないと,内からの規範がないので,あれやこれやの親イメージに振り回されるようになります。我が子が居るから私が居る,あなたが居るから私が居る,そうは思いませんか?



【設問23-13:子どもって,どうしてこんなにも愛おしいんでしょう?】


 ○こんなこと・あんなこと!

 家族の構造。家族には物事を決めるときに,誰と誰が主に話すかのルールがあります。片方の親と子どもが連合して物事を決める親子関係は世代間連合であり,子どもは自分の立場を見失い,もう一方の親は疎遠になっていきます。不登校になる公算が増えてきます。両親を心配する優しい子どもほど,親は取り込み,親の問題に入りこみます。健康な家族では親の世代が連合(両親連合)し,子ども世代と良い無関心を保ち,大事な場面だけ子どもに注意が向く(世代間境界)ようになります。

 幸福の秘密。親の言う幸せは将来の幸福ですが,それは将来の利益でしかありません。幸福とは本質的に「現在の幸福」でしかないものです。アリとキリギリスのお話は,夏に勤勉であれば冬を温かく,夏に浮かれていると冬は凍えるという教訓です。夏に働くのと遊ぶのと,どちらが幸せでしょうか? 夏の実りに感謝して働く方が生きる幸せがあります。実りに背を向けて遊んでいるのは,引きこもり状態であり,宴の後に虚しさが来るように不幸せなのです。子育ての苦労は幸せなのです。

 情愛で結ばれる関係。博多人形師の西頭哲三郎さんの言葉です。「人形は心で作る。心で作ったものが人の心を打つ。弟子達の作品を見ていると,初めていいなと思う人形は,必ず母親の顔に似ている」。家庭では,「お前は稼ぎが悪いので,食事を減らす」ということはありません。夫婦,親子の結びつきは損得勘定抜きの関係,つまり情愛関係であり,人間関係の源です。どれだけ愛を受け取ったか,それが愛を与える糧として伝達されていきます。

 嫌な自分。子どもは育つにつれて自分の価値に目覚めていくものです。自分自身の良さを自分で認めることが自信を生み出します。ところが,今の若者は自分自身を卑下しているように見えます。自信を持てずに彷徨っています。親が常日頃叱ることしかしていないせいで,自分の存在が本当に大事だという思いを持てていないようです。子どもたちは自分の嫌なところを気にし過ぎています。嫌なところがあってもかまわないと,愛による包容を向けてやってください。


 ○ママへのメッセージ!

 愛おしい。それは相手をありのままに受入れることです。「相手がもう少しこうであったら?」と条件を付けたとき,相手を受入れたことにはなりません。また,何らかの手管を駆使して,相手を変えようとしないことです。自分が変るようにします。そのためには,相手の欠点を受入れなければなりません。それが出来たとき,愛したことになります。ラブ,それはゼロという意味を持っています。こちらの気持ちを無にすることで素直に受け入れる努力を続けてみませんか?

 親心。親というものについての認識が,子育てに影響します。「子どもを作る,産む」と考えると,子どもを自分のものと思いこみます。もし智恵遅れの子どもを持ったら,親はどうしてこんな子どもを,と悩まざるを得ません。「子どもを授る,子どもが産まれる」と考えると,預っていると思うようになります。もし智恵遅れの子どもであれば,この親であればこの子を幸せにしてくれると,任せてくれたことになります。だからこそ,親はその子との出会いが愛おしくなるのでしょう。

 触覚。買物の際に,触ってみるでしょう。重さ,手触り,扱いやすさなどを確かめます。もしも触覚を喪失したら,持てない,書けない,握れない,立てない,座れないようになります。愛を確かめるのも,言葉よりも,手を握る,抱合う方が分かり合えます。一人暮しの寂しさの一つは,人の肌に触れないことです。親子の触れあいには,抱き合うことは必須です。大きな子には,気持ち悪い? そんな斟酌は無用です。触覚は生きている証を掴む最も大事な感覚なのです。


 ○せんせいあのね:ぼくのかあちゃん:「おとうさんがおかあさんをよぶとき,おい,かあちゃんとゆう。おかしいなあ。ぼくのかあちゃんやのになあ。おかあさんもはいはいとへんじする」。ある先生の授業報告です。このおかしいなという気付きが,もう一人の子どもの育ちを促していきます。答は子ども自身が見つけていきます。このような微笑ましい風景は,子育ちがきちんと進行している姿です。

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