*** 子育ち12章 ***
 

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「第 26-13 章」


『子育ちは ともに生きると 意識持ち』


 ■子育てショートメモ■
『疑わしきは自分』

 キツネと鶴がお互いに食事への招待をすることを描いた寓話があります。
  キツネが鶴を招き,皿でスープを出して,鶴は飲めませんでした。
   鶴が招いて壺でスープを出して,飲めないキツネに仕返しをしました。

 キツネは意地悪をしたのではなく,気配りが足りなかっただけです。
  鶴は意地悪されたと思い誤り,仕返しをして,意地悪をしました。
   本当に意地悪をしたのは鶴の方ではないでしょうか?

 鶴は皿から飲めなかった経験から,キツネには皿で出してやるべきです。
  相手の立場になって気配りをしてみせれば,キツネは気がつくはずです。
   小さな過ちを乗り越えれば,その後は仲良くお付き合いができます。

 思い違いをしたあげくに仕返ししては,その後に何も産まれません。
  行き違いがあったとき,それをどのように修復できるかが大事です。
   人に悪意を見ようとすれば,自分の悪意を引き出すことになります。

 きれいな言葉ではありませんが,げすの勘ぐりという言葉があります。
  勘ぐっているときの自分の心は卑しいと気付くようになりたいものです。
   勘ぐることで心が狭くなり,人を信じなくなるのは悲しいことです。

 勘ぐったとおりで,思い違いでない場合もあるかもしれません。
  でも,勘ぐる気持ちは自分がそうだからという根拠から派生します。
   自分の気持ちが素直なら,勘ぐって過ちを犯すこともないでしょう。



【指針26-13:心豊かに育っていく子どもに育てたいならば!】


 ○心の豊かさとは?

 個性を伸ばすことが今風な考え方です。一人一人が溌剌とすることはよいことです。でも,何かしら置き忘れてきたような雰囲気が漂っています。この頃の世情に見られる考え及ばない事件などの背景には「私が」という気持ちの強さがあるようです。社会生活では周りの人と共存しなければなりません。皆が「私が」意識であれば,共存の機能は発揮できなくなり,行き過ぎるとむごい結果が待ち受けています。

 これぐらいは許されるだろうという自分本位な甘えが,大企業でも信頼を揺るがすことになるという緊張感を毒しています。組織であっても,それを動かしているのは人です。一人一人の自覚が足りないと,その欠陥は組織全体を倒壊しかねません。日常の行動に責任を持つという基本的な意識を持たなければ,社会では通用しないのです。そのためには「私たちが」という気持ちをしっかりと持つようにすればいいのです。皆の中の自分であると思うことです。

 豊かさには多様性という一面があります。人との付き合いにおいて,いろいろな段階,いろいろな形,いろいろな見方ができるということです。そこでは価値観の相対化が起こります。自分が大事である意識は本能として持ち得ますが,同時に相手も大事にするという心の豊かさが必要になります。そうすることで人としてのバランス感覚を保つことができます。周りを無視して「私が」という頑なさを振り回せば,それは心の閉じこもりになります。

 子どもは保護されて育ち始めます。保護されることしか学ばないと,周りは自分のためにあるものという見方が強くなっていきます。駄々をこねることで,親でさえ利用しようとします。どうすれば親が自分の思い通りに動くか知っているからです。それは生きていく本能として備わっているものですから,否定することはできません。育てなければならないことは,家族がともに生きているという人としての生き方を新しく追加することです。

 自分だけが生きているのではなく,家族みんながそれぞれに助け合って生きていることを暮らしの中でしつけます。あなたが頼りであるという状況を作り出します。その基本意識が育てば,社会も皆が共存していることを理解できるようになります。甘やかされて育つと,社会を利用しようとします。収奪することだけを実行するので,社会に対する貢献責任が果たせなくなります。働かざる者食うべからず,という厳しさを思い出す必要があります。



 子育て羅針盤の第26版は今号で完結します。次号からは第27版に展開します。ところで,このマガジンは羅針盤と名乗っていますが,その意味は進むべき目標が何かを明らかにすることです。もちろん,子育ては全方位に向けたバランスが必然という前提の上で,保護者の方が子育てに何が不足しているかを見極めていただくことを願っています。この方面は大丈夫,でもこの方面が少し手薄になっているかなと,羅針盤の12の指針を自己チェックに利用していただければ幸いです。

 春休みは節目の狭間です。学年を終え,新しい学年に進級する期待と不安があります。期待は親が子どもに寄せるものですが,子ども自身の期待を後押しするようにしてください。親に押し付けられる期待は子どもには重くなります。子どもが持つ期待とは,いいことが待っているということです。親が寄せる期待はこうでなければならないという課題になります。不安を抑えるには,いいことがあると信じることなのです。4月からまた一歩一歩育つのを楽しみにしてください。


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