*** 子育ち12章 ***
 

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「第 30-10 章」


『子育ちは 明日の幸せ 楽しみに』


 ■子育ち12イメージ■
『子育ち第10指標』

 思い通りにできない自分の弱さに直面することに耐えて,今の自分にできることを見つけようとすることが,子育ちの第9指標でした。やれなかったのではなくやらなかった後には,言い訳を言うことしか残りません。やってダメで元々です。やってみることで明日への扉が開きます。ノブに手を掛けて開けてみようとしなければ,何も始まりません。ところで,明日の幸せを信じることができなければ,やってみようという気持ちにはなりません。明日の幸せを信じていなければ、生きていくこともできません。生きるという意欲は、明日の幸せを目指しているときにしかわき上がってくるものではないからです。

 逆説的ですが,束縛があるから自由の喜びがあります。人の暮らしはしなければならないことがあるから,したいことを楽しむことができます。往々にして忘れていることは,人は時の流れに沿って生きているという事実です。朝の来ない夜はないという言い方をするように,時の流れが状況を変えていきます。今は束縛されているけれど,もう少し時間が過ぎたら終わりが来て自由になれる,その繰り返しで暮らしは動いています。親は子どもの弱点を見るとき、今のままでは困るという発想にとらわれますが,今のままであるはずがないと考えるべきです。そうしないと、子どもは明日の幸せに向かって育つ意欲を阻害されます。

 カレンダーを見ると,休日は週の初めです。しかし,生活実感的には,休日は週末です。昔々も安息日は週末でした。休んだ後に働くと思うよりも,働いた後に休みを迎えると考える方が気持ちが楽になります。苦有れば楽ありという順序です。逆順にして,楽あれば苦ありというのは,気分がめいります。生活のリズムを,苦の後に楽というサイクルで区切るようにすると,いつも明るく過ごすことができます。欲しいものを先に手に入れて、後から支払いの苦労を招くというリズムは,なるべく少なくしておいた方がいいでしょう。過ぎると負荷に耐えられなくなります。苦楽の順序のしつけは子どもの将来を明るくすることに関わります。

 毎日を漫然と暮らすのではなく,目標を思い定めておくと適度の緊張感が背中を押してくれます。どんなことでもいいから展望を持ち,そこにいたるステップとなる目標を定めます。今日は、今週は,今月は、今年は何処まで進むという目標を設定します。大まかな計画です。もちろん計画は進み具合に応じて変更を余儀なくされますが,そこは柔軟に対応します。子どもは学年という計画の流れに沿って育ちます。今しておくことが分かっているので,しっかりと取り組んでいけばいいでしょう。ただし,今すべてが満点であることに拘らないことです。できないというし残しが少しあっても,育ちのペースのぶれなので,いずれできるようになります。

 お父さんのようになりたい,お母さんのようになりたい,そのような身近なモデルを目標にできる子どもは幸せです。幼いあこがれに過ぎないでしょうが,先が見えているということで自分の道を思い描くことができます。何処に行こうかという状態では足を踏み出せませんが,あそこに行こうとなるととりあえずの歩みを始めることができます。歩き続けることが大事なのです。なりたい自分,それに向かって育とうとします。何になりたい?と子どもに尋ねると,子どもらしい答が返ってきます。それを見逃さずに,励ましてやりましょう。ただ,子どもの関心は変わることもあるので,そのときは心変わりを咎めずついていくようにします。



【指針30-10:明日の幸せを期待することができる子ども!】


 ■子育ち支援メモ■
『明日に向かって励むという経験をさせましょう』

 継続は力なり。短い言葉ですから、いろんな局面に言い換えることができます。やると決めたらやり通す,あれこれ迷わず一心不乱にする,諦めずにコツコツ続ける,いずれにしても物事を成すには時間を掛けることが大切であるということです。ちょっとやってみてできないからやめてしまう,それでは何もできません。特に育ちの場面では,時間を掛けて練習を積み重ねることで,未熟さを克服していくことができます。育ちそのものが継続というプロセスによってしか進まないものなのです。その継続を促すのが目標です。継続はゴールを目指して発揮されるものです。できるようになりたい,そういうモデルを持たせてやりましょう。

 何故という疑問を持たなくなると,学びが停滞します。先生に質問をする子どもは頭が良くないというイメージがあるのでしょうか? 質問にもよしあしがあることは別にして,質問のできない方が考える力のないことになります。旺盛な関心や興味を持たないと疑問は出てきません。分からないことがあると知りたくなる,育ちの本能とも言えることですが,その背景には明日の幸せに備えて知識を蓄えようとする意欲があります。貧しい環境にいる子どもは学びにどん欲です。一方で豊かさの中では人任せが行き渡り何も知らなくても支障はないので,学びへの意欲が低減するのも当然でしょう。分かることが楽しく有用であるという経験を持たせましょう。

 明日に楽しいこと、うれしいことを見つけると,今日をがんばることができます。ところで,その楽しいことやうれしいことの内容が問題です。遊びやゲームに関することであっては,育ちにとっては逆効果です。それはただの息抜き程度に抑えておくべきことで,育ちの目標には相応しくありません。人としての喜びに裏打ちされた楽しみをつたない形であっても見つけることができるように,優しさや笑顔をたっぷり与えてやりましょう。例えば,自分の育ちを素直に喜んでくれる両親がいると,「できたよ」と報告したくなります。うれしいことを共感できる,そういう後押しがあれば,明日への育ちが自分への期待になります。

 子どもにとって明日とか将来という時間の感覚は難しいでしょう。子どもは今を精一杯生きようとしています。「今でなきゃ嫌だ」という言葉が頻繁に出てくることでしょう。そんなときに我慢をさせるためには,明日という時間感覚が必要です。ちょっとだけ先を受け止める経験をさせましょう。また子どもたちは園や学校で同年齢に区切られています。そこだけにいると,将来が見えなくなります。異年齢の子どもたちの中にいると,自分は何歳という意識がはっきりして,同時に一年下の子ども,一年上の子どもが見えています。自分の育ちの後と先があるので,「お兄ちゃん,お姉ちゃんのようになろう」という明日の幸せが自然に生まれてきます。

 親は子どもの育ちを期待します。その期待に応えようとして,子どもは育ちに励みます。しかし,期待の仕方を間違えて過剰になると,子どもを押しつぶす場合があります。期待の仕方は「○○であったらいいね」と待つことです。たとえ成り行きが期待はずれであっても,それはそれとして新たな期待を持てばいいのです。大切なことは期待に向けて歩んだという足跡です。結果に拘ってしまうと,期待は義務化されて押しつけになります。そうならないためには,期待を小分けにします。大人になってどうこうという遠くて大きな期待ではなく,身近ですぐ届くような期待にしましょう。期待はずれという評価は子育ての場では厳禁です。



 明日の幸せを目指すから育ちが進むので,期待できる明日の幸せのイメージを持つことが、子育ちの第10指標でした。この原則的パターンが常にうまく働いているかというと,実際には様々な紆余曲折があります。例えば,登山の場合に頂上を目指していても途中では谷に降りる必要もあります。そのような子育ちの現場を乗り切る方法がなければなりません。どのように子どもが育っているのか,その支援はどうすればいいのか,大人はきちんと弁えておくべきです。その一つは,よく言われていることですが,「頑張ったね」という言葉で励ますことです。頑張ってもダメな場合もありますが,頑張った分だけ育ったと認めてやればいいのです。(以下次号)

 子どもは親の前ではいい子でいようとします。悩みや困ったこと,不都合なことを親には知られたくないと思ったりします。親に叱られるのがいやということの他に,親を悲しませたり,親に迷惑を掛けたくないとも思うようになります。いじめられていても、親には隠します。いじめられている弱さを見せたくないというプライドもあります。何でも言いなさいと言っているのに。それは親の側の言葉です。子どもの側のバリアを低減するように、普段のずっこけをお互いに語り合えるおおらかさを保つようにしてください。


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