*** 子育ち12章 ***
 

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「第 36-12 章」


『子育ちは 学ぶ意欲に 誘われ』


【基礎力36-12:学びながら自分の力を高めていこう!】

 ■生きる12基礎力■
『生きる第12基礎力』
〜学習欲から知恵が生まれるから〜

 オモチャが動かなくなりました。「どうして?」。当たり前である状況に滞りが発生したとき,そこに疑問を抱く力があれば,見えていなかった真理に気付くことができます。「壊れた!」と見捨てるだけなら,何も学ぶことはできません。電池というエネルギー源で動いていることに気付けば,電池を交換するという知恵を獲得します。知恵とは,自分ができることが何かを知っていることです。問題に出会う度に学び続ける,その積み重ねが育ちです。

 暮らすこと,さらには生きていくことには選択がつきものです。「どちらにしようか?」。選ぶときには迷いがあります。一方を拾えば,他方を捨てることになります。捨てる決心が迷いの元です。そこで,どちらかに決めるときには,比較のための価値尺度を学んで持ち込まなければなりません。損得であったり,正邪であったりします。損をするから,悪いことだからと評価できれば,選ばない理由として納得できます。ただし,好き嫌い尺度は学びと無縁です。

 赤ちゃんは手当たり次第に近くのものに触ります。口には出しませんが,「何だろう?」という好奇心です。暇つぶしに遊んでいるのではありません。周りを体感して記憶する必要があるからです。環境と馴染むことが生きることだからです。幼児になると「あれ何ていうの?」という質問になり,名前を尋ねます。言葉を知ることで記憶できるからです。「イヌ」と言えば,イヌのイメージが想起できます。言葉を覚えることが,学びの基本なのです。

 子どもは常に未知との遭遇です。NHKで夏休みの子ども電話相談を聞いていると,おもしろい問が出てきました。「私はお父さんとお母さんから生まれました。お父さんやお母さんもお父さんとお母さんから生まれました。そのままずーっと辿って最初の人間は誰から生まれたんですか?」。子どもの「なぜ?」は,本質的で難しくなります。知りたいという気持ちは,理解する,納得する,論理的であろうとする理性の欲求です。問を見つけることが学びです。

 社会では人と人とがつながっています。そのつながりを利用するだけでは,ただの甘えになります。お互い様と頼り合うつながりが,自立したつながりです。子どもといえでも,それなりの頼りになることが求められ,そこで得られる学びが生きる力になります。ただその覚悟ができていないうちは,自分のことではない用事を余計な用事と回避しようとして,言い訳や逃げ口上という負の学びをすることもあります。「なぜ,私が?」。その問いかけは封じましょう。

 自分中心の欲望を抑制できなければ,社会に生きる資質が備わりません。もう一人の自分が目を覚まして社会的立場を確保しなければなりません。感じるままの自分を望ましい方向に導くのが,もう一人の考える自分です。普遍的な考え方に寄り添うためには,他者の目をもって学ぶ力が必要になります。言い換えると,客観的な思考をする力が自立に向けた育ちを促します。自分の思うがままに生きる,それは学びをしていない裸の生き方になります。

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※しばらくぶりに通る道筋で,新しい建物を見ることがあります。「ここには何があったっけ?」と思っても,思い出せないことがあります。一連の町並みとしてしか見ていなかったので,ポイントの記憶がありません。同じことが,漢字についても起こります。読めるのに書けないというときです。漢字を一つの絵として覚えていると,一画一画の線が記憶されません。漢字の練習は,手を使って一画を辿ることで,一画一画のすべてを記憶するという学びです。

※学びを教科の勉強に限定していると,学びの効用を見失います。生きる知恵を学ぶと大きく考えましょう。例えば,社会における人間関係の持ち方を学ばなければ,能力を活かすことができません。実社会では,人間関係の齟齬によって仕事を辞めることが多いようです。自分を活かす,それは自分一人ではかないません。「私が」という意識ではなく,「私たちが」という意識を育むような学びを経験させることが望まれます。




 目の前にいる子どもの姿を完成された子ども像と重ねてしまうことがあります。だから,子どものあら探しをするしかできません。問題だらけの子どもと見えるようになります。期待される子ども像といいながら,実のところは期待される大人像になってはいないでしょうか。子どもは大人と比べると常に未完成です。育ちの途上にいることを認めてやりましょう。育ちは今日の充実が積み重なってゆったりと進みます。育てられるのではなく,育つのですから。

★落書き★

 人の脳の発達は場所によって時期が異なっています。感覚を認識する感覚野,運動に関わる運動野は,生後まもなく完成をします。ところが,記憶,認識,判断といった知的機能に関わる部位の発達は遅くなっています。特に,長期の記憶をする連合野という部位は,3〜4歳までは未熟です。したがって,生まれた頃の記憶を長期に保存できないので,当然思い出すこともできないのだそうです。


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