*** 子育ち12章 ***
 

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「第 37-08 章」


『子育ては 卑しい行為 抑え込み』


【支援 37-08:子どもの価値の選択を促していますか?】

 ■子育て12支援■
『子育て第8支援』
〜喜ぶより喜ばれる価値を〜

 《WHAT-02》
 この号は,子どもが何(WHAT)を育てているのかという問に対する第2の解答になっています。解答は,ごく当たり前の価値観を身につけることです。例えば,嘘を言ってはいけないという了解があります。嘘を言って多少の利得を得ても,一方で大きな信用を失うことになります。しかし,常に真実を言えばいいのかというと,真実を言ってはまずいこともあります。嘘も方便ということもあります。分別を弁えるためには,社会の常識を覚えなければなりません。

 《価値の選択》
 価値といえば,真善美という言葉が思い浮かぶ方もおられるでしょう。自然の出来事を人が理解するとき,自然の理と一致していれば真であり,邪な思いが紛れ込むと偽になります。人の行動が社会に寄与するものであれば善であり,社会から収奪するものであれば悪となります。人の立ち居振る舞いが周りを生かそうとするものであれば美であり,周りから生かされようとするものであれば醜となります。価値には表と裏があり,それは他者への気配りの有無と連結しています。

 《比べる》
 誰でも自分の利になることを望みます。そこまではお互い様ですから,誰でも了解をすることができます。了解されないことは,独り占めをすることです。妬みや嫉みを招き寄せるだけではなく,なによりも品性が卑しくなります。何が本当の利になるのか,比べる力を持たなければなりません。今欲しいという気持ちを満たしてやり続けると,ちょっと待って,と比べる暇がありません。待つという時間を持てば,そこであれこれ比べることができるはずです。

 《選ぶ》
 人が生きていくためには,いつも選択が待ち構えています。日常的に出会う選択は,しなければならないことを「今するか,後でするか」ということでしょう。ほとんどの場合,今する方が正しい選択です。しなければならないことを後回しにしても,後には後のしなければならないことが待っているので,貯まることになり,し残しができてしまいます。苦になることから逃げない,嫌なことから先に片付けていく,人の利を先にする,損して得取る,そのような選択が後悔を排除します。

 《供与と贈与》
 子どもをダメにしたければ,あれこれとモノを与えることです。親であればかわいい子どもを喜ばせたいと,あれこれ与えたくなるのは当然です。でも,それは親の喜びであることを弁えなければなりません。決して子どものためにはなりません。与えるという行為は,子どもの求めに応じるのが供与,求めに関わらないのが贈与となります。子どもの今現在の育ちに不可欠な求めであることを見極めなければなりません。ただ喜ばせるためであれば,意味のない贈与となります。

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※あれこれモノが豊かになっても,一向に気持ちが豊かにならない。それが真っ当な人の感覚でしょう。少々モノに不自由しても,心豊かに生きることができます。それは人間関係の豊かさの中にあります。自分一人で生きていけばいいという閉じた思いでいたら,利己的になり,孤独になり,結局はつまらない生き方を選ぶことになります。ギブアンドテイクという暮らしの原則は,ギブが先であるということをしっかりと意識して,子どもに伝授してやってください。




 通学合宿という事業が行われています。公共の施設などに子どもたちが1週間ほど寝泊まりして,自分たちで生活をしながら,学校に通うという事業です。子どもたちは自ら生活する経験によって,自分がいかに面倒をみてもらっていたかを思い知ります。家で食事といえば食べることと思っていますが,実際には作ることという現実を見届けるのです。好き嫌いを言うことの恥ずかしさを知ります。現実を知るということがなければ,育つということの意味を見失います。

★落書き★

 美味しそうなものを見たり,お腹が空くと,お腹がグーと鳴ります。また,強いストレスを受けると胃が痛くなります。感情を支配する中枢と胃を支配する中枢が脳内で隣り合っているので,影響を受けるためです。美味しそうなものを見ると感情が刺激され,そのあおりを受けて胃の蠕動運動が起こり,中の空気が押し出されて音が出るというわけです。食欲がないのは体調不良の場合だけではなく,気持ちの不良という場合もあります。子どもの食欲をきちんと見届けてください。


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