*** 子育ち12章 ***
 

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「第 38-02 章」


『子育ては 我慢ができる 健気さを』


【徳目 38-02:子どもが自制をできるように導きましょう!】

 ■子育ち12徳目■
『子育ち第2徳目』
〜我慢する力が自制へ導く〜

 《コメント》
 フランクリンの13徳目では,「1.節制:頭が鈍るほど食べないこと。酔って浮かれ出すほど飲まないこと」となっています。具体的な説明部分は子どもには似つかわしくない内容ですが,節制を少し拡大して自制に変えることで,野放図にならないという徳目にしています。子どもはわがままに生まれてきますので,もう一人の子どもが育つにつれて,子ども自身の欲求を控えるような育ちが必要になります。社会性の基盤となる資質です。自分を抑えることができないと,他人の存在を疎ましく感じるようになります。

 《自制する》
 自制とは日常の会話にはあまり出てこない言葉ですが,辞書を引くと「むき出しにしたくなる自分の感情や欲望を抑えること」とあります。最近は,自分の思いを素直に発揮することが個性の尊重とされていますが,少しばかり行き過ぎが出てきました。わがままと個性の尊重とは違うというけじめがつかなくなっています。道いっぱいに横並びで歩いたり,自転車で歩行者を避けようとしなかったり,気に入らないと友達にも悪口雑言を浴びせて相手が悪いとうそぶいたり,したい放題です。古い言い回しですが,慎ましさという自制が効いていないから,友達関係が悩みになります。

 《我慢させる》
 家庭の中では,大人の庇護の下で子どもはわがままが許されています。いつでも一番でしょう。そのまま友達関係に入ると,衝突が必至です。グループという小社会では,否応なく序列のような配置が生まれます。皆が一番というわけにはいきませんが,それでも少し我慢すれば自分の番が回ってきます。皆が少しずつ我慢すれば,皆が楽しむことができます。我慢し合うという共通体験が,仲間意識を作り上げます。苦労したから仲間になるということと同じです。家庭で親だけが我慢するのではなく,親も子も我慢するという体験を持つようにしてください。

 《弁えさせる》
 社会における最も基本的なルールは,公平であることです。平たくいえば,みんなが同じであることです。そこで勘違いが紛れ込むとややこしくなります。例えば,ごっこ遊びをするとき,誰もがヒーロ−・ヒロインになりたいからといって,皆同じであることはできません。役割の分担という考え方によって,全体の中の自分を意識する必要があります。自分のことではなく,仲間全体のことを考えなければなりません。我慢をすることの次に見えるもの,それは皆で楽しむという大きな喜びです。自分だけではなく皆がうれしい,その気持ちが社会を身近にしてくれます。

 《プライドが育つ》
 人は自分を大事にする自尊心を持っています。ただ,我独りのみ尊いということになると,敬して遠ざけられ,孤独に追い込まれます。人は社会の中で他者とつながっているから生きていくことができます。人間関係の中で自分を大事にするためには,自尊心と他尊心を併せ持たなければなりません。お互い様という関係の中にあるときだけ,充実した自尊心となります。家族というお互い様の経験を豊かなものにしないと,他者との関係を築くことが難しくなります。お互い様を受け入れるために,わがままを我慢する力が不可欠なのです。

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※子育てをしているのは,父親と母親です。子どもにとっては,父性と母性が必要です。父母が分担していますが,一人が両方の役を引き受けているご家庭もあるでしょう。その参考になるかどうか分かりませんが,父性と母性の特徴を簡単に表現しておきましょう。母性は子どもの思いを受け入れることであり,父性は子どものわがままを拒否することです。言い換えると,父性は子どもの社会化を促す役割を受け持ちます。我慢するのは子どもにとって難しいことです。その後押しをしてやるのが父性の厳しさということになります。




 子どもが家庭から外の世界に出ていくと,自分の思い通りにはならないことに突き当たります。やっと育ちはじめたもう一人の子どもは,自分の気持ちをどう抑えていけばいいのか戸惑い,イライラしてきます。周りに八つ当たりしたり,あるいは逆に閉じこもっていきます。不安定な状況になると,育ちがふらつきます。むかついていると,することが粗雑になります。友達関係では,いじめをしたくなります。子どもの気持ちを穏やかにしてやらないと,陰に陽に差し障りが出てきます。子どもをしっかりと抱きしめてやることが親の務めです。

★落書き★

 でんでん虫という名前の意味はあるのでしょうか? でん=出ん=出むが元の形です。「む」は,意志や推量の助動詞ですので,出ようとしている,あるいは,出るのだろうという意味になります。角に着目すると,角を出そうとしている虫,あるいは,角がいつ出るのだろうと待つ虫となります。「角出せ槍出せ目玉出せ」という歌詞は,でんでん虫の名前に沿った歌詞なのです。子どもたちの可能性が真っ直ぐに出てくれることを願っています。


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