*** 子育ち12章 ***
 

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「第 47-02 章」


『子育ては 考えさせる 時与え』


■子育て12チェック■

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『子育て第2チェック』

【判断させていますか?】

●自棄になるということがありますね。漢字では自分を棄てると書きます。もう一人の自分が自分を棄てているのです。自分で自分が嫌になるということがありますね。それももう一人の自分が自分を嫌っているのです。自我の連携が壊れています。自殺というのはその最も極端なケースです。

●一方で,自惚れというのは,逆にもう一人の自分が自分に惚れているのです。惚れてしまうと見境がなくなるので危なくなります。自我の統一のしすぎになります。自慢は自分のことをもう一人の自分がおごり高ぶることで,これもあまりほめられたことではありませんね。

●子どもに人としての社会性が育たないのは,社会で育てていないからです。園や学校に通わせていれば,社会性は育つはずと思っていたら,それは大きな間違いなのです。今まで育ってきた子どもに社会性が育っていないことが,明らかな証拠です。それは園や学校の教育が十分ではなかったということではないのか,という反論をしたくなるでしょう。でも,それは責任を園や学校に転嫁することになります。

●学校は同質性を基本にした集団です。同じ年齢の子どもを集めているのは,同じ発達段階にあるから同じ指導が可能であるという教育上の方便です。だから,一人の担任がクラスを受け持つことができるのです。この同質な集団では,妬みやそねみ,ひがみといったマイナスの社会性がよく育ちます。いじめはその例です。同質性は同じであることを強いるために,小さな違いを排除しようとし,その息苦しさが不登校を生み出すのです。

●社会性は異質なものが混在する中でのみ育ちます。自分と違った人とどう折り合いをつけていくか,どうつきあっていくか,何が自分に求められているのか,集団の中の自分を,もう一人の自分が考えるとき,プラスの社会性が芽ばえてくるのです。これまで,もう一人の子どもが考えて判断できる場を与えて来たでしょうか? 家庭におけるしつけから,再検証していきましょう。

●人は誰でも自分が可愛いものです。もう一人の自分は自分を第一に考えるのが自然です。幼子とて自分を優先させます。それがわがままの原因です。決して悪いことではありません。生きるとは,とにもかくにもなりふり構わず自分が生き延びる営みです。その根っこを認めることから,子育ては始まります。生きていくためには仕方がないのです。人の遺伝子はわがままなのです。

●一方で,人は社会という環境を住処として暮らしています。そこでは,無軌道なわがままは受容されません。社会人という規格に整形される必要があります。規格外の品物ははじき出されるということです。大事なことは,上手にわがままを実現させることなのです。ずる賢いのはいけません。結局はわがままが通らなくなるからです。自分のわがままをもう一人の自分が規格に合わせようとしさえすればいいのです。

●わがままは通りません。人からダメと言われると,むかつきますよね。でも,自分で止めると,幾分かは楽になります。もう一人の自分が自分をコントロールできれば,嫌な思いも浅くて済みます。しつけとは,もう一人の子どもがわがままを自制するようにし向けることです。自制,それは自分をセーブすることです。誰が? もう一人の自分です。朝に起こし続ければ,もう一人の自分はいつまでも目を覚ましません。

●ところで,我を忘れるということがありますね。何事かに没頭するという状態です。テレビに見入っている子どもは,身じろぎもせずに固まっています。座っている子どもはまるで抜け殻のようです。もう一人の子どもはその世界にすんなりと入り込みます。鏡の向こうに入り込んだり,洞穴の奥に紛れ込んだりするおとぎ話がありますが,それはもう一人の子どもが入っていくのです。もう一人の子どもが主人公のヒーローやヒロインに同化します。なりきるのです。そんなときの子どもは,我を忘れています。

●もう一人の子どもは,旅をしています。冒険の世界に入っていると,危ない場面では実際に身をねじって避けています。物語り世界でもう一人の子どもはたくさんの経験をしているのです。悪人を憎いと思い,弱い者を可哀想と思い,友情と勇気を培っています。こうして,もう一人の子どもは,自分をどう生かしたらいいのか,知らないうちにシミュレーション訓練を受けます。

●ところが,このようなもう一人の子どもの育ちはそれでいいのですが,過ぎると副作用が現れます。どういう症状になるかというと,現実の自分と乖離してもう一人の自分が肥満になるのです。口ばっかり達者というのも初期症状です。テレビの見過ぎで仮想世界にはまるのも同じです。人は思ったとおりには行動できません。高いビルをひとっ飛びとはいきません。現実世界の体験がもう一人の自分の肥満に歯止めを掛けます。自分の体験ともう一人の自分が常に二人三脚であるようにするために,体験が大事になります。

●日記を書くという習慣は,日々の具体的な自分の生活をもう一人の子どもが振り返ることによって,そこにいる自分を考える機会になります。子どもの日記は,朝7時に起きました。それから歯をみがき顔を洗いました。弟といっしょに朝ご飯を食べました・・・。具体的な行動が羅列されます。ママは言いますよね。どう思ったか,どう感じたかを書きなさいと。起きたときは眠かったけど,顔を洗ったらすっきりと目が覚めました。幼稚ではありますが,これがもう一人の子どもが自分を考えた文章なのです。



 新学期が始まりました。入学やクラス替えで環境が変わると,緊張をします。疲れて帰ってきたときに,ホッとする場があればいいのですが,癒しの場がないと,緊張が日々積み重なって,重荷になります。そのうちに慣れるとはいっても,それは緊張を積み増ししない場合です。

★落書き★

 〃々ゝゞ仝。これらの文字を呼び込むには,「おなじ」と打ち込んで変換すれば,候補表示されて出てきます。々と打ち出すために,「佐々木」と変換して,佐と木を消去する人がいるとかいないとか。時々出会う字ですが,覚えておくと便利です。


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