*** 子育ち12章 ***
 

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「第 5-01 章」


『ママの手が 子どもの涙 星にする』


 ■はじめに

 この『子育ち12講』は毎週1講ずつの12回の連載から構成されます。
 ママには各講の冒頭に問いかけられている一つの質問に答えて頂きます。
 もちろんその質問の意味はいろんな局面の例を挙げながら説明をします。

 もしお答えが「イエス」であるような局面があれば,質問はクリアです。
 もちろん,提示されるすべての例で「イエス」である必要はありません。
 この場合はイエスであると思えたら,その週の質問は合格と見なせます。

 12週の12質問すべてにイエスなら,親として自信を持ってください。
 ある回の質問に「ノー」と答えられても,自信を失わないでくださいね。
 気が付いたときから,ママが気配りをはじめていただければいいのです。

 子育ての自信を失わせている不安は,全体が見えていないから生じます。
 欠けた部分が何かが分かれば,恐くはなくなり,自信を持てるでしょう。
 そのお手伝いをするのが,マガジンを発行しているクマさんの願いです。



【質問5-01:あなたのお子さんには,自分の居場所がありますか?】

 《「居場所」という意味について,説明が必要ですね!》


 〇何処で育つのでしょうか?

 この『子育ち12講』は6つの課題がベースにあります。子どもが育つということを落ちがないように理解するためには,5W1Hの設問を想定しなければなりません。逆に言えば,この基本的な5W1H以外の課題は二次的なものになります。ママの得意な化粧にたとえれば,基礎化粧さえしっかりしておけば大丈夫ということです。

 今週は「子どもは何処で育っているのか?」という課題を考えることにします。何処で育つって?,家庭であり,地域であり,学校じゃないの? 確かに場所としてはその通りですが,ママに理解して頂きたいことは少しばかり違います。子どもが育ちの根を張っているトコロの正体を明らかにしたいと思っているのです。

 「子どもの居場所」という言葉を聞かれたことがおありでしょう。居場所とはいったいどんなトコロなのか? ママはそのトコロをどう用意してやり,どう関わっていけばいいのか? 毎日の生活の中でただ子どもの世話をしている積もりのままでいいのでしょうか?

 もっと直截に言えば,「子どもの心は何処で育っているのか」という課題です。気持ちや心根,精神といった無形のものが育っているトコロを知らなければ,心豊かな子どもを育てることはできません。居場所をご一緒に探してみましょう!

・・・子どもは居場所があればすくすくと育ちます。・・・


 〇子ども部屋?

 子ども部屋を用意してやっているご家庭も多いでしょう。夕食がてら見ていたテレビ番組も終わると,「いつまでテレビを見ているの!」と追い払われます。行き先は子ども部屋です。静かな部屋の窓際にある机に向かって,子どもはおとなしく勉強をしているはずです。

 ところで,もしもパパが会社で騒然として活気のある所から離れた窓際に座わらされているとしたら,ばりばりと仕事をしようという気になるでしょうか? 答えは「ノー」ですよね。窓際の子どもも同じです。子ども部屋とは本来「寝室」です。勉強する仕事場(?)ではありません。

 静かな子ども部屋は子どもを隔離された気にさせます。孤独に追い込まれ落ち着きません。やがてラジオをねだります。人の声がほしいのです。幼年から児童の間の子どもにとって,子ども部屋は必ずしも居場所になるとは限らないのです。青年期になれば孤独の場という別の居場所も必要になるので,自分だけの部屋を求めるはずです。

 子どもを含めた家族が活動する所はファミリールームです。それぞれの声を聞き気配を感じながら落ち着きを得て,さらに皆がしている仕事を横目に入れることで活気が生まれ,自分の仕事に励むことができます。後片づけをしたあとの食卓で勉強というスタイルも案外捨てたものではありません。

・・・居場所とは,家族の中に場所を持っているという意味です。・・・


 〇お前たちのため?

 父親不在を責められて,パパはつい「お前たちのために苦労しているのに!」と言ってしまいます。子どもが中学生程度ですと「別に頼んでいない」と跳ね返されて,さらに「何だその言いぐさは」とエスカレートしていきます。いわゆる売り言葉に買い言葉になります。パパの切ない気持ちも分かりますが,やはりそれを言ったらおしまいなのです。

 言われた子どもの立場になってみます。自分が居るばっかりに父親が苦労している,自分は父親にとってお荷物で,居ない方がいいんだと直感します。自分の存在が否定されるわけですから,不安でたまりません。素直に聞き入れることはできません。そこでせめて「頼んではいない」と言うことでお荷物になることを辞退しようとしているのです。

 最近の子どもは親の苦労を分かろうとしていないという声も聞こえます。仕事の苦労は別にして,親の苦労など子どもに分からせようとすることは無駄です。親の苦労は親にならなければ分かりようがないからです。子どもは自分が苦労の種などとは思いもよりません。ですから,それを言った途端に,子どもは親が信じられなくなります。

 子どものためにと自分の励みにするのならば,その気持ちが親心でしょう。苦労を背負い込んだという気の持ちようは,親であることの喜びを失っていることになります。子どもにとってうれしいのは,自分の存在を親が喜んでいてくれることなのです。

・・・父親が子どもとのつながりに見せる喜びが子どもの居場所です。・・・


 〇やっと手が離れた?

 母親らしさにクタクタに疲れた頃,天の采配か,わが子が入園・入学を迎えます。ママはつい「やっと子離れできた」とほっとします。子どもが留守の間に,それまで我慢してきた自分のしたいことができるので当然ですね。ママの気持ちも分かりますが,やはり子どもには感づかれたくないですね。

 子どもは新しい環境に向けて不安がいっぱいです。それなのに朝出かけるときに母親がほっとしていると気付いたら,余計に不安になります。帰ることを願われていないのですから,何となく追放されているような気持ちになります。

 大好きなママが自分の帰りを心待ちにしてくれていると思えるから,子どもはがんばって登園・登校できるのです。自分がいないときママがどこかに出ていくと思うと子どもは不安になり,家を出ていこうとしません。登校を渋るようにもなります。ママはいつでもそばにいると信じられたら,子どもは安心して出かけます。

 家にいなければならないということではありません。行き先が分かっていてすぐに飛んできてくれると信じられたら,それでいいのです。ママが勤めているような場合には,休みの日にでも一度ママの会社に連れて行って,「ここにいるからね」と見せてやって下さい。ママがいる所の具体的なイメージがありさえすれば,子どもは安心できるからです。

・・・母親とのつながりを信じられたら,子どもは前向きに育ちます。・・・


 〇つらかったね!

 何気なくカーラジオで視聴者からの悩みの相談を受ける番組を聞いていたときです。娘さんが相談をしていました。「どうしたの?」と問われるままに,それまでの経緯を話しはじめました。その娘さんは父親にどういう訳か分からないまま疎まれ続けているそうです。居間で顔を会わせると露骨に嫌な顔をされました。やがて娘さんは拒食症に罹って,病院に診察を受けに行きました。検査をしても格別悪いところはないということで,薬をもらって帰りました。いっこうに改善しないので,娘さんは相談をしてきたのです。

 すっかり聞き終わった後で,相談を受けていたお医者さんが「つらかったね」と言うと,娘さんは泣きだしました。検査や薬ではなくて,その言葉がほしかったというのです。ありのままをしっかりと受け止めてくれれば,そこに救いの始まりがあります。ラジオ番組に匿名で相談をし,会ったこともない先生であっても,自分の今の気持ちを受け止めてくれる人に出会えたことはうれしいことなのです。

 人は人とのつながりを持てない,自分の気持ちを分かってもらえないと辛くなります。そのことが居場所がないということです。孤独になれば不安な気持ちになり,心の扉を閉め切って守りに入ります。守りにエネルギーを使い果たして,育つどころではなくなります。閉じこもっている間は,育ちが停止します。

 子どもの場合には,分かってもらえない寂しさを自覚できないことがあります。何となく不安だと思うだけで,それがなぜなのかという所まで思いが及びません。イライラしたり,落ち着かなくなったり,ふさぎ込んだりするだけです。「つらかったね」の言葉で,自分の不安は周りの人に分かってもらえなかったことだと見えてきたのです。不安の原因が分かりさえすれば,解決に向けて大きな一歩が踏み出せます。

・・・誰かに分かってもらえたら,子どもは伸びていきます。・・・


 〇お母さん!

 いじめで自殺した男子中学生は,「家の人へ」という書き出しで遺書を書き残しました。子どもにとって最後の居場所(逃げ場所)はやはり母親の懐でしょう。パパとすればさみしいのですが,負けても悔いは無いでしょう。どうして自殺した子は,「お母さん!」と書かなかったのでしょうか?

 ここ一番という相談をするときは,大人でも迷います。ましてや子どもは,思い切って「お母さん」と呼びかけても,次を言い出すのに逡巡します。そのとき,ママが焦らずにゆっくりと迎え入れてくれなければ,「もういい」とチャンスを失っていきます。たった一度の大切な「お母さん」を聞き逃したら,子どもの命綱を切ってしまうことになります。ママにとって子どもが言う「お母さん」は,目に入らぬ印籠です。恐れ入って聞いてやってください。

 ママは子どものことを何でも知っていると思いこんでいます。そこで,「お母さん」と呼ばれたときに,だいたいの察しがついているので,ついいい加減な受け答えをしてしまいます。四六時中そばにいる幼児の頃ならそれも間違いないでしょう。でも,子どもはママの知らない育ちをしていくものです。ママの知らない子どもがいるのです。「うちの子に限って!」と驚かされるケースが出てくることになります。

 いま目の前にいるわが子を見て聞いてやって下さい。昨日までママが見ていたと思っていた子どもと違う子どもが見えるかもしれません。ママはわが子であっても知らないことがあるかもしれないと謙虚な対応を忘れないようにして下さい。その優しさがあれば,子どもを救えます。

・・・ママの懐は子どもの心にとって究極の居場所です。・・・



《居場所とは,パパ・ママと心がつながっているという安心です。》

 ○母の懐とは優しく包み込んでくれる所というイメージがあります。心が傷ついたとき,「どうして傷ついたの?」と怖い顔でわけを問いただされることなどなく,ただ笑顔で黙って抱きしめてくれるだけですが,それで傷は十分に癒されます。まず傷を治さねば次のステップには進めません。「いつでも飛び込んでおいで」,そんなメッセージを送り続けてやって下さい。

 【質問5-01:あなたのお子さんには,自分の居場所がありますか?】

   ●答は?・・・どちらかと言えば,「イエス」ですよね!?

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