*** 子育ち12章 ***
 

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「第 5-04 章」


『足音が ママの気持ちを よく伝え』


 ■はじめに

 自分が産んだ子どもでありながら,わが子が分からないことがありますね。
 素直ないい子だと思っていたのに,いつ頃からか反抗的になったりします。
 家にいるときは甘えん坊なのに,よその家ではしっかりしていたりします。

 ママはわが子のイメージを良くも悪くも膨らませてしまうことがあります。
 「あなたはこの前もそうだったでしょう!」という切り口上が得意ですね。
 パパも子どもと同じように叱られて,切なさを感じているかもしれません。

 子どもは育っているのですが,その変化は急に見えるようになるものです。
 子どもがはじめて歩いたときは,ある日突然歩いて見せてくれたはずです。
 言葉が遅いと心配していても,ある時期から急にしゃべり出したはずです。

 育ちのプロセスは決して一直線に右肩上がりというスタイルを見せません。
 いろんな要素が揃うまでは足踏みしていて,一気にジャンプするものです。
 ぐずぐずしているように見えても,育ちは深い所で着実に進行しています。

 その隠れされた育ちをうっかり見逃すから,わが子が見えなくなるのです。
 家での育ち,学校での育ち,遊びでの育ち,いろんな育ち方をしています。
 ママの傍にいるときの子どもだけを見ていると,全体の育ちを見誤ります。



【質問5-04:あなたは,お子さんに美しい言葉づかいをしていますか?】

 《「美しい言葉づかい」という意味について,説明が必要ですね!》


 ●いつ育つのでしょうか?

 前号では,「いつ育っているのか?」という問題を考えて,子どもは一つの言葉を身につけたときに一つだけ育つと答えておきました。もちろん,言葉の暗記ではなくて,生活実感を伴った正しい言葉でなければなりません。その基盤の上に生きる知恵が構築されていきます。

 人は人間関係も含めて外界とのコミュニケーションに言葉を使います。言葉を知らなければ,見ても見えず,聞いても聞こえないはずです。ところで,言葉を正しく理解し正しく使えばそれでいいかのというと,それだけでは十分ではありません。例えば,受験勉強で本を読むときは正しく読み取らなければなりませんが,全く面白いものではなくなります。本を読んで感動することは正しさだけからは生まれません。

 正しい言葉は食事におけるご飯やパンといった主食に相当し,味はないのです。副食のオカズが美味しさをもたらしてくれます。それでは,言葉におけるオカズとはどういうものなのでしょうか? それは言葉に添えられる表情や態度であり,また言葉が醸し出す価値の意識などです。

 言葉には「正しさと美しさ」が揃っていなくてはなりません。美しさとは喜怒哀楽のような感性に関係します。子どもは言葉の正しさを学校で教わりますが,美しさは家庭で学びます。ママは子どもが幸せであるときや,子どもにいいことがあったときは,とてもうれしい顔になりますね。自分のことではないけれど幸せな気持ちになることができるでしょう。人が社会的動物であると言われるのは「共存原則」を持っているからです。喜怒哀楽を共感する能力です。この共感力によって,ママは子どもに美しい言葉づかいを授けることができます。

・・・ママの美しい言葉づかいが,子どもの心を豊かに育てていきます。・・・


 〇きちんと?

 玄関の靴を脱ぎっぱなしにする子どもに,ママはいい加減うんざりしています。「いつもきちんとしなさいとあれほど言っているのに」と泣きたくなりますね。似たようなことはたくさんあるはずです。ママは口うるさくしつけているつもりですが,子どもの方は一向にしつけられてくれません。しまいにはわざと逆らっているのではないかと落ち込んだりします。

 「きちんとする」ことがどういうことか,具体的に教えなければ子どもには分かりません。幼児であれば,例えば玄関の床に靴の形を書いてやって,それにそろえるように教えるとできるようになります。きちんとという言葉は抽象的で曖昧なので,親が何度言葉だけを伝えても,子どもに意味は伝わりません。

 きちんとするというのは,あるべき場所を決めてそこに置くということです。その「あるべき場所」を具体的に教えなければなりません。おもちゃを片づける場合も,まず収納場所を用意して「ここに入れなさい」と教えればいいのです。何処に置けばキチンとなるのか,それを最初から考えさせようとしても無理です。「きちんとお座りして」というのも,身体の置き場所としての身構え型をママがしてみせればできるようになります。

 しつけとは「美しい型」にはめるということです。まずその型を用意してやらなければ始まりません。その型に合わせようとすることが,きちんとするということです。いろんな場面ごとの美しい型をあらかじめどれだけ提示してやれるかが,ママの言う「きちんと」という言葉の意味を伝えるコツになります。「何度言っても分からない」というお嘆きは,あるべき場所・型を伝えていない場合が多いようです。

・・・具体的な意味の伝わる言葉づかいが,言葉の美しさの条件です。・・・


 〇ワアー きれい!

 ママと一緒に家路についている子どもが,ふと道ばたに咲いている花を見つけて立ち止まりました。忙しいママは「何をぐずぐずしているの,早くいらっしゃい」と急かせます。心が育つ大切なチャンスを逃そうとしています。心の育ちは心が開いているときに確実に定着させなければなりません。

 子どもはいつもの風景の中から花を見つけだして何かを感じています。そのときに,ママが「きれい花ね!」と言葉を掛けてほしいのです。そうすれば,子どもは自分が今感じている気持ちを「きれい」という言葉で表現できることを教わり,意識することができます。同時に,「きれい」の一言でママと共感できる,つまり心が通いあうことを体験します。心を教えるということは,心の微妙な動きに相応しい言葉を教えることです。

 今どきの若者は心の動きをすべて「すご〜い」の一言でしか表現できないようですが,言葉の貧しさは心の貧しさにつながるので心配です。道ばたの草花など見向きもしないでしょう。大人でもそんな暇はないと一蹴します。感受性が働かないのは相応しい言葉を知らないから,知っていても使おうとしないからです。稼ぐことに忙しかった時代に育った子どもたちは今,親から心を開く鍵を捨てさせられてきたことにいらついているのかもしれません。

 忙しいという字は心編に亡くすと書きます。どうしてでしょうか? 心を開くには「立ち止まる」ことが必要だからです。忙しいと急かされます。急かされるとゆっくり立ち止まれません。だから心が亡くなるのです。ママは子どもと一緒に立ち止まってください。そうすれば心が開き,通い合い,心の動きに相応しい言葉が溢れてくるはずです。

・・・ふっと微かに動く心は,立ち止まらなければ消えていきます。・・・


 〇美しさ?

 人は花を見て何故美しいと思うのでしょうか? 普段はそんなことは考えたことも無いでしょう。美しいから美しいと感じているだけですよね。それでいいのですが,子どもに美しさを感じる心を授けるためには,そのわけを分かっていた方がいいでしょう。

 植物は花を咲かせることで昆虫に向けて「受粉を手伝って」というサインを出しています。そのサインを感じ取る本能が人にも残っているようです。花の願いが聞く気になれば聞こえてくるのです。生きることへの関わりが生きているものの本性です。花によって世代を交代させようとする植物の生きる姿に,人は同じ生きるものとして共感できるのです。その生への喜びの感情を人は「美しさ」と定義してきました。

 「菜の花に飽いたら桜にとまれ」と歌われているチョウチョは,実際には受粉を混乱させるような不人情な飛び方はしないそうです。ここで「不人情な」という言い方をしましたが,それほど違和感は無かったはずです。こういった擬人化は子どもが得意です。クマさん,ライオンさん,アリさん,お花さんなど,さん付けをして,動物や植物も生きているもの同士だという共感を楽しんでいます。子どもの素直な美意識と言えるでしょう。

 7年ほどの地中生活の後に一夏で死んでいく蝉がかわいそうと子どもは言います。だからこそ蝉の鳴き声が健気で愛おしく感じられていることでしょう。大人から見れば何とも他愛のないことです。しかし子ども時代には子どもに相応しい生命の感じ方があります。そんな経験が核になって美意識という本真珠が育まれていきます。

・・・美しさとは,生きる喜びへの共感に名付けられた言葉です。・・・


 〇ママの顔?

 ママが優しい言葉をかけながら冷たさをたたえた表情をしていると,子どもは戸惑いを感じます。それが続くと子どもは情緒不安定になり,やがて心の病気にかかっていくそうです。子どもはママのタテマエの言葉とホンネの表情を敏感に見分けます。「あなたには手を取られたくない」,「あなたには面倒掛けられる」といった否定的な気持ちがあれば,表情になって発信されていきます。子どもはそれを母親からの受動的な攻撃と読み取ります。

 ママは大変だなと思っていても,次から次に追い立てるようなママの不機嫌な顔を見ていると,子どもは防衛本能からつい逆らわざるを得なくなります。そうするようにママがし向けているのです。子どもの行動は親の鏡と思っていてください。子どもが落ち着かないのは,子どもの方に原因があるよりも,親がイライラしているせいです。

 気のない返事というのがありますね。ママが話しかけてもパパからはいい加減な返事しかありません。はぐらかされてばかりいると,終いには頭にきたから口を利かないというところに行き着きます。それでは,ママは子どもから話しかけられたとき,いつでも気持ちを込めて返事をしていますか?

 仕事から帰って「ただいま」と玄関を入ると,「お帰りなさい」と子どもが出迎えてくれます。そのときもう一度子どもに向けて「ただいま」と言ってやって下さい。きょうだいがいるなら,一人ひとりに繰り返して下さい。玄関で一度言ったからいいのではと考えているとしたら,気持ちを置き忘れていることになります。気持ちは手渡しするつもりでないと届きません。

・・・美しい言葉は,気持ちとぴったり一致したものです。・・・


 〇笑顔?

 地方から都会に出稼ぎに行っていた父親が,年末の明日に帰郷します。留守宅には小学2年生の女の子がいました。「明日,お父さんが帰ってくるね。お父さんに何をお話しする?」,「分からない」,「どうして?」,「だっていっぱいあるから」。あくる日,駅に出迎えに行きました。「お父さんがもうすぐ帰ってくるよ。お父さんの姿が見えたら,何て言うのかな?」・・。

 女の子は駅の出口を見つめながらしばらく考えていましたが,やがて一言「笑う」と言いました。普通だったら「お帰りなさい」と迎えることでしょう。でも,その女の子は笑顔を見せると言ったのです。笑顔は人を迎え入れる最高のサインです。きっとママがいつもその子を笑顔で迎えてやっていたのでしょう。父親にしてあげられることはそれしかないと思い定めた気持ちは,父親にとって何にも優る歓迎でしょう。

 幼い子どもに「いい顔して!」と言ったことはありませんか? ママの求めに応じて幼子が見せるのは笑顔でしたね。その訓練をいつまでも忘れずに続けてくださいね。ママも鏡の前での化粧の仕上げは笑顔で締めくくってください。和やかな雰囲気,温かい団欒,ホッとする集まり,そこには必ず微笑みがあるはずです。

 笑顔がいいからといって,大口開けて高笑いしては下品ですね。ことさら愛嬌を振りまくのもどうでしょう。結構疲れます。普段はモナリザの微笑みがお手本になるでしょう。難しくはありません。口元を2mmほど引き締めればいいのです。ママも自分に似合ういい顔を見つけてください。

・・・笑顔から出る言葉は,自然に美しくなります!・・・



《美しい言葉づかいとは,優しく受け止めようとする気配りです。》

 ○先生や親に対して友だちに話すような話し方をする子どもがいます。フランクであることがいいことのように思いこんでいるようですが,狭いつきあいの中でしか通用しません。あらたまった話し方ができないと,人付き合いがしづらくなります。すべての人と仲良くできるわけではありません。友だちづきあいできる人としかつきあえなくなり,社会一般の広いつきあいから逃げていきます。親しくない人とどうつきあえるかが大事ですが,そのための言葉づかいを教え練習台になるのはパパですよ。

 【質問5-04:あなたは,お子さんに美しい言葉づかいをしていますか?】

   ●答は?・・・どちらかと言えば,「イエス」ですよね!?

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