*** 子育ち12章 ***
 

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「第 5-10 章」


『前向きに 生きているから 子も育つ』


 ■はじめに

 昔から,人は子どもを育ててはじめて大人になるものと言われてきました。
 次世代を産み育てて役目を全うすることが大人の資格だったのでしょうか?
 それなら3人育てねばという条件が付いてきて,今の時代ではきついかも!

 同じ年齢でもママと独身者では雰囲気が微妙に違っていることがあります。
 若いママは色香の衰えが気になるかもしれませんが,それは考え違いです。
 花は散ってこそ意味があり,散らない花はあだ花として不自然な存在です。

 子どもから親に育ててもらうという逆説によって,成熟期を迎えるのです。
 ママOBになると自然に周りの人を温かく包み込むオーラを醸し出します。
 果実が花の香りとは全く違った馥郁とした香華を漂わせるのに似ています。

 そうなるはずであったのに,現実のオバタリアン族は例外なのでしょうか?
 実は子育てをいい加減にしてきたツケが,ママにも若者にも現れています。
 幼い頃は確かに懸命でしたが,仕上げの時にすっかり手抜きをしています。

 子どもが学校に通うようになると,もう子育ては終わったと勘違いします。
 陶磁器で言えば,粘土をこねて形を作っただけで焼く手順を忘れています。
 炊飯で言えば,炊くまでで終わり,蒸らしをしないので不味い飯なのです。

 子どもは中学生になると一人前のような錯覚に陥り育ち不全に留まります。
 ママは子育てから逃げ出すように,若さを取り戻そうと逆行しはじめます。
 最後の仕上げは精緻な作業だからこそ,ママも子どもも完成するはずです!



【質問5-10:あなたは,お子さんに明日を楽しませていますか?】

 《「明日を楽しませる」という意味について,説明が必要ですね!》


 ●なぜ育つのでしょうか?

 前号では,「子どもはなぜ育つのでしょうか?」という設問を考えました。育ちたいと思わなければ育てません。自分の弱さを認められるからこそ,育ちへの意欲が湧いてくると答えました。実はそれだけでは十分ではありません。育とうとするためには,さらなる条件が不可欠なのです。結論を言えば,明日が楽しみであるという期待を持てるかどうかです。

 ここで言っている「明日」とは,一晩寝たらという明日ではなくて,一月後,半年,一年先,あるいは場合によってはもっと先までを含めた明日です。将来と言っては少し長すぎるイメージになってしまうので,明日と表現しています。今流行の「明日があるさ」の歌に近いものと思っていただければよいでしょう。

 明日の自分が思い描けるようになれば,子どもはそれに向かって育とうとします。親はよく子どもに「将来何になりたい?」と尋ねます。それは夢であり,必ずしも実感を伴ったものではありません。子どもにとって将来はまだあまりに遠すぎるからです。もっと今日の自分とつながりを感じられる程度の近い将来,明日を見ることが大切です。

 子どもは1年経てばぐーんと育ちます。今日できなかったことでも,1カ月先にはできるようになることがたくさんあります。もう一人の子どもにそれが分かっていると,子どもは明日に向けて育とうとして,育ちがいを実感するはずです。今は弱いけどそのうちにできるようになるという経験と明日への期待,それが育つ理由です。

 ママは「○○しないと,恐い目に遭うよ」と脅かしていませんか? 「歯を磨かないと虫歯になるよ!」,「勉強しないと暮らしていけないよ!」。先を不安がらせて,強迫していることがあります。子どもは明日の不安を抱え込まされて,明日を怖がります。これでは育てません。明日はよいことがあるかもしれない,そう思ったときにがんばることができます。

・・・育つ理由は,明日に近づきたいという願いです。・・・


 〇育ちの実感?

 子どもは人生の始まりにいますから,大人に至るまでの長い時の流れは未体験であり実感できません。弟妹がいれば兄姉としての自分の育ちがわずかに見えますが,それも少子化では無理です。学校では同じ年齢にまとめられているので,育ちの前後が子どもたちには具体的な姿として見えていません。

 縦集団が身近にあると1年先,数年先,10年先と,自分の明日がイメージできます。今日と明日は決して同じではなくて,人は育っているのだということが目に見えてくるはずです。子どもの映像を記録に残しているなら,ときどき子ども自身に成長を振り返らせてやってください。育ったという実感が与えられることでしょう。昔は柱の傷が成長の証でしたが,柱に刻んだ意味はいつでも目に付くようにということだったのです。

 また,お父さんやお母さんに子ども時代があったという育ちの時間など,思いも及ばないでしょう。おばあちゃんがいればお父さんの子ども時代のことを話してやれますから,なんとなく時間の流れが想像できるようになります。たまには子どもに親のアルバムを見せてやることも役に立つでしょう。

 育ちは時の流れに沿っています。大人であるママは昨日も今日も明日も同じ日々と思っています。子どもの育ちが見えません。久しぶりにあったよその子どもが見違えるほど大きくなっていると感じることがあります。その子と同じようにわが子も育っています。よその子と比べるのではなく,よその子の中にわが子の育ちを見つけてください。

 ママは子どもの不得手なことを見つけるのが得意です。大切なことは,それをどのように育ちに生かすかという点です。即座に「ダメじゃないの」と責めては,折角のチャンスが台無しです。不得手なことを黙って見過ごしておいて,「できたね」と声を掛けることです。子どもは自分の育ちを実感できます。

・・・子どもの育ちは時間の流れの上にあります。・・・


 〇早く大人になりたい?

 情報化の中で,いろんな国の子どもたちの様子が目に飛び込んできます。豊かではない国の子どもたちの方が育ちの迫力を感じさせます。かつての日本でも同じでした。育ちに子ども自身が燃えています。その背中に「早く大人になって母親に楽をさせたい」という具体的な目標を背負っています。

 豊かな暮らしの中で母親の苦労は外見的には見えづらくなりました。粗末な着物をきて,自分は食べる分を削って,家事に追われている姿はどこにもありません。時代がすっかり違っています。昔のことを引っ張り出して,今はダメだと言うつもりはありません。ただ,何が変わったのかということをはっきりしておきたかっただけです。

 今の子どもは「早く大人になりたい」と思っているでしょうか? それが育ちの意欲なのですが,子どもたちからは伝わってきません。育ちの意欲を持つためにはどうすればいいのか考えましょう。二つの条件があります。「実現可能性」と「魅力のあるモデル」です。

 実現可能性とは,そのうちにきっと自分もなれるという見通しを持てることです。すぐには無理ですが時が経てばやがて実現するはずと思えることです。お父さんが自分も子どもだったころはできなかったけど練習してできるようになったんだと話してやれたらいいですね。

 魅力のあるモデルとは,親や身近な年長者の中に「〇〇みたいになりたい」という人が見つかることです。特に,親は子どもにとっては将来の自分です。生き生きとしている親の姿を見せられたらいいのですが,疲れ果て苦労ばっかりと嘆く姿だけを見せていたら,子どもは大人になりたくなくなります。

・・・後追いされる親の後ろ姿を魅せてやりたいですね。・・・


 〇親の期待?

 親は子どもに期待を寄せます。期待に添わないと「ダメな子」と突き放すこともあります。子どもにすれば親の身勝手な思いこみです。いわゆるいい子であれば,期待に応えようと親の顔色をうかがいながら自分を曲げていき,やがて力尽きて本当にダメになりかねません。

 子どもは親の期待につぶされないように自衛行動をとります。おなじみの「メーカー(親)希望小売価格をズバリ半額」というわけです。そのとき親は子どもを見放したくなります。本当は自業自得なので潔くあきらめて,子どもをあらためて応援してください。

 期待は「子どもはこうあるべき」という形を呈する場合もあります。それがママのあせりを生み,「早く,さっさと,きちんと,ちゃんと」と畳みかけるようになります。赤ちゃんにはとても優しいママだったのに,育ってくると声が一オクターブ跳ね上がりしつけのための声変わりをします。落ち着いてくださいね。育ちはゆっくり進みます。スイッチを押したらすぐに反応する機械ではありません。

 期待を「ありたい」と考えていれば,将来の可能性をプラスに評価できます。今がダメなのではなく,明日にはできるようになれるかもしれないと待つことです。その方がワクワクしませんか? 親の愛とは無条件に子どものあるがままを愛するのであり,あるべき姿ではありません。

 親の心は「子どもに苦労の少ない道を選ばせたい」というものですが,どんな道を選んでも苦労のない道はありません。親は子どもの将来を見通せるほどの神通力は持っていないでしょう。例えば今流行の職種は今のことであり,明日には別のものが現れるはずです。つまり,今から今を目指したら,子どもが育った明日には過去になっています。今の期待像は将来には時代遅れになっているかもしれません。余裕が大切です。

・・・親の期待というお荷物は子どもには重すぎます。・・・


 〇親子ともに幸せですか?

 毎日子育てにがんばっているパパやママは,日々幸せですか? 忙しくてそんなのんびりしたことなど考えたこともないとは言わないで下さい。簡単な幸せチェックをお教えしましょう。夜お休みになるときに「明日の朝,起きるのが楽しみな方」は幸せな人です。もしも,「やれやれ一日がやっと終わった。寝るだけが楽しみ」と思っていたら,不幸ではありませんが幸せではないでしょう。

 明日は明日でしなければならないことがいっぱい控えていることでしょう。特に日曜の夜など憂鬱になるものです。明日の朝が楽しみなどとは考えられないと思います。しかし,少しだけでもしたいことを見つければ,明日が楽しみになります。それを見つけることが幸せの扉の鍵になります。

 子どもは学校に行かなければならないと思っています。それでも友達と遊ぶ時間といった楽しみがあれば,我慢できます。放課後に自分の好きなことができるという時間があれば,それを待つことによって一日を楽しく過ごせます。

 最近の子どもたちは生きている実感を感じるのは「お風呂に入っているとき」と答えるという話がありました。おじさんになっています。やれやれ終わった,ゆっくりできるという楽しみでは幸せにはなれません。なぜならお風呂が終わったら楽しみは消えてしまいます。

 明日になったらこれができるようになるかもしれないという,成長を楽しみにすれば,毎日が楽しみになります。大人になって風呂で幸せになっているときは,成長という楽しみを失っているときです。死ぬまで自分を成長させようとする意欲が見えないと,幸せは逃げていくでしょう。子育てをしているときは,親としての成長をしているときで,明日が楽しみになるはずです。それが子どもからの親への贈り物なのです。

・・・生きる喜びを親子で見つけて下さいね。・・・


 〇先見?

 今日を楽しく暮らすことになれてしまうと,後に残された時間は見えなくなります。そのことの弊害はもし今日が楽しくなければすべてダメという思いこみを生みかねないという点です。今日がダメなら明日があるという気持ちの余裕が持てないと,生きることがつらくなることがあります。

 子ども中心の生活が過ぎることも要注意です。自分の思い通りに親や家庭を動かせると思いこませてしまうと,子どもは育つ意味を見失います。育ちの基盤は今日より明日の方がよくなるという上昇意識だからです。今が最高と見誤ると守りの態勢に入るので,明日が不安になり,拒否するようになります。それが大人になりたくないという子どもの声になります。

 後片づけのできる子が育とうとしている子どもです。今さえよければという子どもは,散らかしたまま放置します。後のことを考える癖が付いていないので,育ちへの道も見通すことができません。ものごとの段取りを考えたり,計画的な生活態度は,時間の経過に沿った一連のつながりを意識することから可能になります。

 寝る前に明日の準備をする癖をつけておけば,ごく自然に時間の流れを思い描くことができるようになります。玄関の靴も明日履くことを考えれば,揃えられるはずです。お小遣いも上級生になれば月極で与えるようにすることで,月という時間で先のことを考えるきっかけになります。因みに,今さえよければという育ちをしてしまうと,大きくなって借金に押しつぶされる羽目になります。

 頭のいい子とは先が見える子どもです。問題を解く場面を想像してください。今しか意識できない子どもは,パッと見て答が分からないと,簡単に諦めてしまいます。先が見えている子どもは,パッと見て答が分からなくても,今できることだけしていけば,やがて答が見えてくるという風に,先のことまで含めた感覚で臨むことができます。根気という特性の陰には,先の結果への期待が実感できることにあります。今しか見えていない子に根気は生まれようがないのです。

・・・もう一人の子どもが先を見られるように育ててください。・・・



《明日を楽しませるとは,可能性への扉の鍵を渡すことです。》

 ○マイナス思考とプラス思考があります。できないとこの先心配だという悲観的思い,できなくてもそのうち何とかなるという楽観的思いがあります。大人ではケースバイケースで使い分ける必要がありますが,子どもの育ちに関しては楽観的な発想が優先されるべきです。「何とかなる」という部分こそが「育ちそのもの」だからです。育ちを信じていれば,何とかなると思えるはずだからです。信じてやれるのは,ママだけですよ。

 【質問5-10:あなたは,お子さんに明日を楽しませていますか?】

   ●答は?・・・どちらかと言えば,「イエス」ですよね!?

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