*** 子育ち12章 ***
 

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「第 5-11 章」


『失敗を 子どもに見られ 言い訳し』


 ■はじめに

 親というのはつくづく勝手なことを考えるものだなと思うことがあります。
 抱き上げた幼子が笑顔を見せるときにはこの子がいてよかったと思います。
 疲れて寝ていたいのにわけもなく泣き出す子どもに苛立つこともあります。

 親の都合など全く頓着しないわがままが可愛くもあり憎らしくもなります。
 元気なときはあれこれを期待してついつい無理強いをすることがあります。
 具合が悪くてあえぐ子を前にすると生きていてくれさえしたらと願います。

 どこかに連れて行ってとせがむ子どもに仕事があると断る辛さを感じます。
 時が移り自由が利くときには子どもの方から忙しいと拒否される始末です。
 この子のために何をしてやれたかと考える前に犠牲を強いられただけです。

 子どもは親の人生をかじりとることで育っていくものということでしょう。
 喜怒哀楽を親にまき散らしながらドカドカと我がもの顔で育っていきます。
 気の休まる暇がないという子育て期間は親には辛い試練の期間になります。

 自分一人で大きくなったように生意気な反抗をされるとき怒りに震えます。
 つくづく親なんかになるものではないと口では毒づいてみたくもなります。
 それでもいつの日か親になってよかったと思える日が来ると信じています。



【質問5-11:あなたのお子さんは,小さな失敗を経験していますか?】

 《「失敗の経験」という意味について,説明が必要ですね!》


 ○どのように育つのでしょうか?

 いよいよ6番目の課題,「子どもはどのように育つのでしょうか?」の登場です。長生きネコの秘訣が「食うて寝て,食うて寝て」の繰り返しであるのと同じに,育ちも何事かを繰り返しているはずです。それが何かを見つけておかなければ,子育てはできません。

 坊やがお茶の入っているパパの湯飲みを運んでいこうとしています。途中でふっとパパの方を見ると,心配そうに見ています。大丈夫と思った途端に,湯飲みを持つ手に熱いものがかかりました。「あっ」と手に目を向けると,お茶がこぼれています。「失敗」しました。そこでお茶をこぼして床が濡れたことを「反省」し,パパの方を見たから手元が疎かになったことを「学習」し,一心に湯飲みを見つめながらパパのところまで「挑戦」していきます。

 結論を言えば,育ちのサイクルは「失敗して反省し,学習して挑戦する」というプロセスです。失敗すると,「しまった」と思うもう一人の子どもが目を覚まします。何が起こったのか,行動を振り返り,結果を見定めます。これが反省です。次に,どうすればよかったのかをもう一人の子どもが考えて,いけなかった点をみつけ,どうすればいいのか学習します。それができたら,もう一人の子どもは子どもに挑戦させようとします。

 失敗することでもう一人の自分が目覚め,反省と学習を経て,再度自分が挑戦するという,自分ともう一人の自分の共同作業が育ちのサイクルになります。失敗しないと学習を飛ばしてしまうことになるので,できたように見えても育ちにはならないのです。気をつけるポイントは失敗によって露わになるのです。

 ママが子どもに「気をつけなさいよ」と注意していますが,失敗の経験がないと,何に気をつけたらよいのか分かりません。小さな失敗をたくさんさせておけば,言われなくても気をつけるようになりますし,もう一人の自分が何に気をつけるかも分かるようになるはずです。

・・・失敗が育ちへのスタートになります。・・・


 〇指示待ち?

 小学校六年生の男児が冬休み最後の日に,宿題の書き初めをしていたときです。ついうっかりして墨をこぼしてしまいました。流れ落ちた真っ黒な墨は床の絨毯に吸い込まれていきます。あわててティッシュで拭き取ろうとしましたが,間に合いませんでした。男児は習字紙に「墨をこぼしてしまいました。ごめんなさい」と書き残して,自宅の6階から飛び降りてしまいました。書き初めの課題は「希望の光」という字だったそうです。

 レンタルビデオを紛失して自殺した高校生,卒業論文の修正が期日に間に合わないと自殺した大学生がいます。どれも死ぬほどの大層なことではないと思われるでしょうが,当人にとっては死ぬほどのことであったのです。そう思いこませるように育ててきたのです。絶対に失敗してはいけないともう一人の子どもを追いつめてきたから,若者は自分の失敗を極端に恐れ,回避しようと心を砕きます。

 失敗は命がけですから失敗できません。そこで子どもは保身として失敗しない方法を見つけだしました。それは自分からは何もしようとしない決意です。何もしなければ絶対に失敗はしません。これほどの安全策はありませんね。

 何もしないでは育てませんから,親は無理にさせようとして指示を出します。言われたらします。そんな状態を大人は「言わないとしない」と嘆き,指示待ちの若者を非難しますが,そのように育てたことへの気づきがありません。ところで,なぜ言われたらするのでしょうか?

 言われてした場合でも失敗は起こります。大人がその失敗をとがめようとしたとき,「自分がしようとしてしでかした失敗ではない。言われるからしたのであって,失敗の責任はさせた方にある」という言い訳ができます。自分の責任で失敗はしていないのです。だから言われればするのです。

・・・指示待ちの若者を育てたのは,失敗を封じたからです。・・・


 〇失敗とは?

 失敗しないようにしていると,子どもはいつも安全圏に閉じこめられます。親としては安心ですが,親も子どももここまでは大丈夫という限界が見えなくなります。子どもは自分の実力が分からないので,自信が持てずに行動にブレーキを掛けて臆病になるか,抑えが効かず暴走するようになります。他方で親も子どもの能力の育ちが見えないので,子育てに自信が持てなくなっていきます。

 失敗したところは,子どもが最高の能力を発揮している育ちの芽に相当します。これ以上できないところで失敗をします。つまり,失敗の一歩手前までは子どもの能力が育っているのです。スポーツの練習でももうちょっとでできそうなところを繰り返し練習するから,できるようになっていきますよね。

 失敗をさせないということは,この育ちの芽を握りつぶすことになります。失敗しないように育てることは,育てることにならないのです。育てるとは失敗を上手に引き出すことから始まると考え直すべきでしょう。子どもが余計なお手伝いをかってでて,かえって手間がかかることがあります。そんなしくじりをさせてやれるのは,ママしかいないとあきらめてください。

 泥んこ遊びができない子どもがいました。ママがお洋服が汚れることを嫌っていたからです。一人でぽつんと遊んでいるようになりました。心配した保母さんがママに話しました。ママは反省し,「ママは○○ちゃんがお洋服を汚して帰ってきてくれるとうれしいな」と話しました。翌日からその子は思いっきり泥んこ遊びをはじめました。洋服を汚すという余計な恐れが,子どもの育ちを邪魔するのです。

 モノよりもわが子の方を大事にしてください。モノを壊したり,破いたり,散らかしたり,汚したり,無くしたりするので,ママにすれば気が気ではないでしょうが,それは子育て上の必要な損失分としてあらかじめ想定しておいてください。少々のことは大目に見てやって,大丈夫という安心感を与えないと子どもは育てません。失敗することで失敗を克服していくのが育ちなのです。

・・・失敗することが,親も子も育ちの現場なのです。・・・


 〇過保護?

 親は保護者ですから,あれこれ気を遣って保護します。ところが,最近の親は過保護であると言われてしまいます。過保護とは子どもができることまで親がしてやることと考えられています。確かにそういうことなのですが,肝心な点が今ひとつ分かりにくいので,親は自分の過保護に気づくことができません。肝心な点とは,「子どもができること」を親が正しく見極めているかということです。親は誰でもどちらかといえば心配性ですから,保護するためにいつも安全な所に子どもを置こうとします。それが過保護につながるのです。

 例えば,赤ちゃんが伝い歩きをはじめるときです。ふらふらしていますから,転ぶとテーブルの角に頭をぶつけるおそれがあります。そこで保護者としては転ばないように赤ちゃんの身体をそっと支えるでしょう。それが過保護です。保護するというのは,転んでも怪我がないように,テーブルの角に親の手を待機させておくことです。大切なことは転ばせることです。転ばないように歩くのが,歩くという育ちだからです。転ぶことを取り上げたら,歩く練習にはなりません。繰り返しますが,転ばなくなったときが歩く能力のできあがりです。

 小学生になっても,朝遅れないように親が起こしています。起こし忘れたら,親に文句を言うようになります。自分で起きるようにし向け,何度か遅刻をさせたらいいのです。もちろん,一時間目には間に合うように保護者として起こしてやらねばならないでしょう。小さな失敗をさせて,どうすれば失敗しなくなるか何度も練習するチャンスを与えないと,起きるしつけは成人するまでできません。

 子どもはできないことばかりです。できるようになるためには,小さな失敗をさせながら,ゆっくり育て上げなければなりません。今,子どもはできないから親が保護してやっている,できることをしてやっているのではないので過保護ではないと考えていたら,育ちの邪魔になります。

・・・小さな失敗を取り上げることが,過保護です。・・・


 〇0点?

 子どもはほめて育てるように言われます。でも,我が子はほめようにもほめるところがないという声も聞こえます。因みに,我が子の短所を思いつくままに数え上げてください。五本の指では足りないかもしれません。では次に長所を挙げていってください。即座に三つまで言えたら親として立派ですが,普通はなかなか思い出せないでしょう。何をほめるかが曖昧になっているからです。100点取れたらとか,クラスで一番になったらほめてやれるでしょうか。ほめる子育てとは,そういったものとは違いますよね。

 赤ちゃんが立っちできるようになったら,家中でほめましたね。歩き出した日は記念日になったことでしょう。子どもが大きくなってくると,課題も難しくなります。「ママ」や「パパ」としゃべりはじめたときは,笑顔でほめてやったのに,「本は一冊,鉛筆は一本,犬は一匹,鶏は?」と数え方をすべて覚えてくれないとママはご機嫌斜めです。「鶏は何て言うの?」と問いつめられて,幼い子どもは「コケコッコー」と答えます。

 試験の点数は0点から100点の間ですね。どうしてなのか知っていますか? 試験の採点をしているとひどい間違いをしていて,マイナス点をつけたいと思うことがありますが,採点者はマイナス点を使えないのです。どんな間違いをしても0点なのです。社会では間違いに対して罰点としてマイナスがあり得ます。しかし子育ての場では決してマイナス点をつけないのです。間違いはすべて水に流して,できたところだけにプラスの点数を与えます。言い換えれば,「できたね」とほめる点数しかないのです。

 子どもは勉強する前は0点です。勉強したからプラスの点数がつきます。これが過去これまで全国で実行されてきた「ほめる子育て」です。ところが,何を勘違いしたのか,子どもは最初から100点を持っているはずと考えて,評点が60点なら40点も間違えたとマイナス点を持ち込んできました。これでは叱る子育てに裏返ってしまいます。0点が60点まで増えたのですから,ほめられるはずです。

 「できなくて当たり前,できたらほめる」,それがほめる極意です。できないからマイナス点と考えていたら,親も子どもも張り合いがなくなります。できるようになって当たり前ですから,できたという喜びがないからです。ほめることの大事さは,子どもに育ちの喜びを与えることなのです。

・・・0点とは,ほめる子育ての出発点なのです。・・・


 〇健全な子ども?

 プロとアマの違いは何でしょうか? 失敗をうまくごまかせるのがプロの資格だそうです。人は誰でも失敗やしくじりをします。そのことを認めた上で,失敗を有効利用してきたのが人類の知恵です。

 ロケットの制御をするサイバネティックスという理論があります。ある目標を定めて飛行するとき必ずズレが発生します。そのズレを検出して修正し,行きすぎたらまた修正と,繰り返しながら目標に向かっていきます。大事なことはズレがなければ制御が出来ないということです。このやり方は元々は生物の行動様式でした。二輪車も左右に小さくズレを繰り返しながら,前に進んでいます。

 人の行動はやってみながら,ずれたかなと感じ取ったら修正してやり遂げられていきます。生きること,育つことも同じです。失敗することでその原因が見えてきて,物事が分かり,次から失敗しなくなります。逆に言えば,失敗しなかったときが恐いのです。たまたまうまくいった場合があるからです。そのときは危険なポイントに気づいていないので,いつか必ず失敗の憂き目に会います。子どものうちならいいのですが,大人になって現れたら致命傷になりかねません。

 自然界は人間の成長のために失敗を利用する知恵を授けてくれています。動物は偶然の成功しか当てに出来ません。この天与の才能を使わない手はありません。勉強が出来るとは,誤りをせず迷わないことではなく,それにつきあうことでセンスを磨き上げることです。

 健全であるとは,失敗をしないことや間違えないことではなく,しくじりが小さな内にそれに気づき,立ち直る力を持つことです。悪いことをちょっとしてしまって,しまったと気づき,その原因を見つけて,二度と悪いことはしないという修復が出来ることが大事です。それが自制するプロセスです。悪いことをしなければ,悪いことに気づかないのです。兄弟げんかをしでかすから,仲良くするにはどうしたらいいのかを学べます。嫌な思いを体験するから,人に優しくするテクニックを覚えていきます。

 子どもは失敗や間違い,イタズラや口げんか,嘘や汚い言葉など,少し羽目を外します。それを修復できるように育てなければなりません。それが健全な子どもなのです。健康とは風邪をひかないことではなくて,風邪にかかったかなと感じ取ったらすぐに対処できることであるということと同じです。

・・・小さな失敗を生かせることで,健全な子どもが育ちます。・・・



《失敗の経験とは,育ちの必修科目です。》

 ○子どもをのびのびと育てたいとは思われませんか? どうすればいいのでしょうか? もう既にお察しの通りです。失敗を気にしなくていいという状況を作ってやればいいのです。失敗してもパパがついている! 少々の迷惑はママがカバーしてあげる! つまり,親の方がのびのびすることです。

 公共の場で騒ぐ子どもに対して,「いいよいいよ」と言うんですか!とお叱りを受けるかもしれません。そう急がないでください。公共の場で騒げば人様から叱られます。叱られることで羽目を外しすぎたという失敗が成立します。

 その後が大事です。叱られたということを叱らないでください。叱られたのは気にしないで,叱られないようにするにはどうしたらよかったのかを教え考えさせてください。静かにしている子どもがいたら,あの子はどうして叱られないのかなと,気付かせてやって下さい。同じ失敗を繰り返さないように導くことが,子育てです。


 【質問5-11:あなたのお子さんは,小さな失敗を経験していますか?】

   ●答は?・・・どちらかと言えば,「イエス」ですよね!?

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