*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 96-05 章」


『子育ちは 言葉の摂取 人育ち』


■子育ち12視標■

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
『子育ち第5視標』

【言葉あり】

《まえがき(毎号掲載)》
 子育て羅針盤では,こどもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,「誰が,どこで,いつ,何が,なぜ,どのように育つのか」という問題視座です。また,2つの領域とは,「自分の育ち(私の育ち)」と「他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ち」の領域を表します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が「子育て羅針盤」の基本的な考察の構成となります。
 この第96版でも,これまでの流れに沿って,子ども自身や親が育ちの確認をしていくときに,見えて感じることができる視標という面から育ちを考えていきます。それぞれの完成度に違いがあってもそれは個性になり,一応の評価ができるようなら,幸せに育っているということができます。子どもの育ちは見えにくいものですが,羅針盤としての全方位を見届けることができることを再確認していただけたらと思っています。

《何時育つのか(私の育ち)?》
 赤ちゃんが言葉を覚えて使い始めると,もう一人の子どもが誕生します。子どもの育ちにはおっぱいが必須ですが,もう一人の子どもには言葉が,母の言葉が育ちに必要な糧になります。言葉を覚えて人になっていくのです。自分を名前で呼ぶ,それはもう一人の自分がしていることであり,そのときから,自意識というものが身につき始めます。意識という機能はもう一人の自分だけが持ち得るものであり,客観的な思考の力を発揮できるようになります。

 覚えはじめの言葉は,ママ,パパといった自分とは違う人を識別する言葉です。自分と関わるものを意識的に特定するために,名前となる言葉を覚えようとします。指さしてあれは何かと問います。自分の住む世界を,これは犬,これは車,これは花。これは口,あらゆるものを言葉で名付けて分かろうとします。分けることが分かることです。見たり聞いたり感じたりしたことを言葉として表現できたとき,体験が記憶に残ります。ファイルをメモリーするときにファイル名が必要になるのと同じです。

 ところで,言葉は意思の疎通や,気持ちの通い合いの道具でもあります。言葉の行き違いが,気持ちのもつれ合いになることもあります。親しい仲だけで育っていると,短い言葉,単語で分かり合えます。しかし,言葉をつないで文章として説明する経験が不足すると,人付き合いが広がらなくなります。世代間の断絶が発生します。さらには,自分を分かってくれないという事態を招き,閉じこもることにもなります。文章で会話することに馴染むようにすれば,豊かなコミュニケーション力が育ちます。



 2足す3はいくつになる? 計算問題です。5になる! それでもいいのですが,算数の学びにするためには,「2+3と5は同じです,それを2+3=5と書きます」と教えてください。算数の基本は等号=であって,同じということを見つけることです。和というのは,同じもの探しなのです。人との和,仲良くするとは同じ所を探すことです。違うところを探すから,いじめや意地悪に向かいます。男と女は足せませんが,同じ人間だから足すことができる,仲良くなれるのです。

★落書き★

 古代エジプト王朝の最後の女王として知られているのがクレオパトラです。実は,彼女はエジプト人ではなく,ギリシャ系の血を引いていました。彼女を生んだプトレマイオス王朝は,アレキサンダー大王の部下である将軍が大王の死後にエジプトに打ち立てた征服王朝なのです。プトレマイオス家は元々はマケドニアの名家で,その出身地はギリシャ北方の山岳地帯でした。

「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第96-04章に戻ります
「子育ち12章」:第96-06章に進みます