*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【プラス志向の活動?】


 社会教育関係団体や任意の地域組織などがまちづくりに向けた活動を展開する中で,美化活動という取組があります。公園などの人が集まる場所の清掃や,イベントの際の後始末としての作業がなされています。
 わが町でも,商工会が7月末に大きな池のある公園で花火大会を催します。その翌朝にはいくつかの社会教育団体や福祉関係の組織が集まって,清掃作業を実施しています。漏れ聞くところでは,商工会の中でも「ゴミをまき散らして帰るような人のために,高額の費用を使って花火を見せる必要があるのか?」という意見が出ているそうです。もちろん全ての人が不心得者であるということではないので極論ではあるのですが,美しい花火を鑑賞するにふさわしい心がゴミの山に飲み込まれているのをみるのは情けないことです。
 このように美化活動といえば清掃作業という結びつきが,前々からしっくりとしていませんでした。汚れた環境を清掃すると確かにきれいになりますが,それは元の状態に戻ったということではないでしょうか。いわば,マイナスを0に戻したに過ぎないのではないかということです。美化活動とはプラスに向かうことのはずです。何もなかった環境に美しいものを添えていくことです。例を挙げれば,花壇を作って環境に彩りを添えていくことです。まちの環境をよくするというのは,プラスの活動がなければ実現できません。清掃の段階で終わっていては,いつまでも0の状態に止まります。
 文部省の社会教育課長が提唱している「役に立つ社会教育」とは,プラスになる活動と読み解くことができます。このことをさらに言い換えると,守りの活動から攻めの活動にという風にも考えることができます。日本の暮らしで昔から言い伝えられてきた「もったいない」がよその国のご婦人によって国際的に広められようとしていますが,もったいないはどちらかといえば守りの活動です。その活動を攻めの活動につなげていくことが大事です。
 例えば,もったいないと節約したモノを有効に利用されるように生かす手立てが不可欠です。それは「わざわざ」どこかに届けていくことによって実現されます。このわざわざという活動がプラス志向の具現になります。しなくてはならないことをしても,それは当たり前です。しなくてもいいことだけど,わざわざすることによって良くなること,その詰めをすることが人の喜びを生む活動なのです。
 まちづくり? そのスローガンに命を吹き込むとすれば「わざわざ活動」を創出することが一つの方策になります。自分のためにすることはワザワザとはいいません。ワザワザは周りにいる人のためにすることであり,ひいてはまちの人のためにすることになります。

(2006年08月07日)