*****《ある町の社会教育委員のメモ》*****

【会議への参画責任?】


 地域にはいろんな世話を引き受けている方々がおられます。組織に任意加入する人,頼まれて委嘱を受ける人,形はさまざまです。地域で活動している方の中には,横の連携のための自らの組織を持っていない方がいます。頼まれて活動しているのですが,自己決定の組織を与えられていません。委嘱元の組織が委嘱だけして,後は勝手におやんなさいと言わんばかりです。中には,名前だけでもいいからと,名簿の上だけの人もいて,機能不全に陥っています。委嘱元の機関は何らかの組織は作るのですが,動かす立場・役職を与えていないために,まるでエンジンのない車同様に錆びついています。○○委員といっても名ばかりで,なんの活動もできないという嘆きも委員の中から聞かれます。
 ある会議で,○○委員会という組織の設立を提案してみました。自立した活動をするためには,自己決定ができる協議組織が不可欠です。言われたことをするだけの委員組織は,言う人が手を抜いたら,休業状態に陥ります。自己決定のためには,決定事項を担う責任者が必要です。組織には必ず長がいなければなりません。その補佐役としての役員組織・執行部も備わっているべきです。
 組織化の提案に対して,ほとんどの意見が反論でした。現状では無理であるという意見,つまり言われたことをするだけの人しかいないというのです。組織化すれば,関連の組織との協働活動も出てきて余計なことに引き出されることになるというのです。組織の執行部を人選する手続が必要ですが,組織運営のような役割を引き受ける人はいないし,人選の苦労があるだけというのです。ご近所周りのことをして貰えばいいので,委員同士の横のつながりなどは無用というのです。自立組織といったものは誰かが背負わなければなりませんが,そんな奇特な人はいないということです。みんなの世話などごめんという人ばかりだから,委嘱元が面倒を見てくれれば十分ということのようでした。組織化は現実離れした理想でしかないというのが大方の空気でした。
 最も避けなければならない会議の見本です。提案に対して実行できない理由があげられてくることです。会議とはどうすれば実現できるかを考えるために衆知を集めて開かれるものです。できない理由など会議に諮る前に既に周知のことです。困難なことを克服するためという会議の目的を置き忘れていては,会議の意味がありません。とはいっても,会議のなんたるかを弁えていないのは,普通のことであり,珍しいことではありません。
 提案した者として,最も悲しかったのは,人を信頼していないこと,ダメと決めつけて可能性を見ようとしていないことでした。できる人が現れる,できる人を育てるという期待を持たずに,現状の停滞したと見なしている民意におもねていることでした。現実に沿った展開が大事だという言葉の陰に,あきらめ,無力感,不信感,そんな人間の弱さを見る思いでした。何かを進める立場で会議に参画していれば,一つ先のことを提示し,進むべき方向性を共通理解し,実現に向けた手はずを整える役割があります。先ずは会議のメンバーから徐々に掘り起こしていかなければならないようです。
 もちろん,拙速は避けなければなりませんし,ごり押ししても頭だけで身体がついてこないという事態になることは明らかです。次のステップを意識することで,現状をより良く変えていく気力が芽生えるはずです。今のままでよいというのでは,進展は望めません。焦ることなくゆっくり機が熟すのを待つことです。機会のある度にちょっとずつ押し続けていくつもりです。
(2007年01月19日)