***** 《中学生を持つ親のための12章》 *****

【第5章 あなたのお子さんは,気楽に話していますか?】

《中学生になると》

 言語の発達では,ほとんど大人なみに日常単語を覚え,人とのコミュニケーションの能力も形を整えてきます。例えば,相手によって,あるいは場面に応じて言葉遣いをきちんと使い分けることも分かってくるようになります。親は子どもが友だちに電話するのを聞いて言葉遣いが悪いと思いがちですが,親の知らない所では子どもは適切な言葉遣いを心得ているものです。
 「屁理屈ばかり言って」と親は子どもの言うことを非難します。これは少し違っています。客観的抽象的にものごとを考え,論理的に議論しようとしていることの現れです。大人とのコミュニケーションを通して,単なる屁理屈に見えることからものごとを納得しようとして,自分を高める訓練をしているのです。
 親子の間では,親の話にちっとも耳を貸さなくなったという嘆きも多いようですが,むしろ子どもが聞かなくなったというよりも,親が心を込めて話すことをしなくなっているのではないでしょうか。親の話し方はどうしても上から押し付ける形になります。子どもが分かる言葉で確かめるように話せば,子どもの心まで素直に届くでしょう。
 また中学生になると,聞くことよりも話すことが多くなってきます。ものごとを分かり始め,言葉をいろいろと知れば話したくなるのが自然です。言葉をコミュニケーションの道具とすれば,道具は使ってみたくなるはずです。身近な人に話をしてみたいという欲求が強いのに,それを封じるように親の話を聞かされるのでは,つまらないと思ってしまいます。始めに子どもに思いっきり話をさせるようにすれば,親の話も聞くゆとりが得られます。小学生との対話が話してやってから聞くのであれば,中学生との会話は聞いてやった後で話すというように,順序を入れ替えてみることです。
 気楽に話すとは,お互いに言葉をやり取りすることが気持ちを楽しくすることに気づいていることです。

《調査結果から》

 友だち同士の会話ではテレビの話題が多いと思われますが,中学生が見ているテレビ番組の傾向はどうなっているでしょうか。男子の好みは「クイズ」や「アニメ」番組であり,女子の好みは「ドラマ」番組です。また全体的には学年が進むほど「ドラマ」への好みが増加しています。関心の対象が人間に向いています。人間模様を味わえる力が備わってくる証拠です。
 言葉を使って自分の思いや考えを表現できることは,人として生きていく上でとても大切なことです。親子の交流もまた言葉が行き交う会話の中にあります。学校生活に関して親子が話す割合は,父親が59%,母親が86%であり,10年前よりも減っています。さらに学年と共に減少していく傾向もあります。またテレビやスポーツのことについて話す割合は父親が82%,母親が91%であり,話題にしやすいようです。ところで,中学生に親と話しているかを問うと,話しているという割合は親が答えた割合よりほぼ20ポイントも低く,親が思っているほどには子どもは話していると思っていないことが分かります。特にこのずれは母親の方がはなはだしいようです。親は話す一方で,子どもの話を聞こうとしていないようです。
 近所の大人との交流は中学生にとって社会への若葉マークです。あいさつや話をしたりしている中学生は男子が71%,女子が80%で,女子の方が積極的です。年齢の違った世代間の交流は言葉を豊かにするチャンスになります。
 言葉遣いは人格を表します。親は言葉について子どもにどのようにしつけをしているのでしょうか。親への言葉遣いが乱暴であったときに厳しく叱る父親は49%,母親は52%であり,ともに10年前に比べて減っています。また近所の人にあいさつをしなかったときに必ず注意する父親は49%,母親は70%で,母親の方が注意をする機会が多いことを伺わせます。いずれの場合にも父親は男子に,母親は女子に厳しいようです。
 最も基本的な言葉であるあいさつの言葉は,人間関係を維持する切符です。親しい間柄であってもあいさつを交わす習慣を持たなければ,心の窓は閉じられてしまいます。親子の間では,子どものあいさつの調子一つでそのときの子どもの状態が見えてくるのが親の耳でしょう。

《親子関係の中で》

 親と子どもは交流をことさらに心掛ける必要のない,つながりが深いものと考えられがちです。従前の生活環境の中であれば,親も子どももそれぞれに相手の思いや期待を感じ取ることは容易であったかもしれません。しかし,例えば,セーターは親が編んだものより大量生産のものをスーパーで買うことが多くなったように,親が子どものために直接体を動かし,子どもがそれを見るという機会が極端に少ない暮らしが定着してきました。親子の間といえども,意図的に言葉を交わさなければお互いの気持ちが見えなくなっています。
 家族が一堂に顔を会わせるのは食事のときぐらいかもしれません。食事をしているときの雰囲気で,親子相互に,今日も一日元気で過ごしたようだとか,どうも機嫌が良くないようだなとか,分かることが多いようです。そのためには毎日の積み重ねが必須です。
 テレビを見ながら食事をすることもあるでしょう。このときテレビを消して親子の会話をすることが望ましいのでしょうが,親のほうに会話を弾ませる用意が無いことも多いと思われます。そんな場合には,テレビを利用することも考えねばなりません。テレビから上手に話題を引き出すのです。子どもが選んでいる番組ならどこがおもしろいのかを話しさせて一緒に考えたり,事故のニュースであればわが家の対応を話題にしたり,自分たちの暮らしに関係付けることは簡単にできるでしょう。テレビというマスコミに振り回されているのではなく,主体的に視聴する態度を持てば会話に持ち込むことができます。ことさらに構えるのではなくさりげなく言葉を交わすことが成功の秘密です。
 中学生になると子どもは何も話さないからと簡単に諦めないでください。親と子どもの交流ではまず,親が話の上手な聞き手になることが大事な条件です。ところが親は子どもが話しはじめるとつい先を急いで途中から引き取って畳み掛けてしまいます。そこで子どもは本当に話を聞いてほしいと思っていることが言えなくなり,やがて親に話すことを諦めていきます。聞くという行為は子どもから様子を細かに聞き出すことではなく,無心になって子どもが言い終わるまで気長に耳を傾けることです。そうすれば表情も穏やかになり,うなずきも出て,子どもには親が気持ちを吸い込んでくれていると思えるようになります。
 中学生の話はときには矛盾が潜んでいたり,故意に本筋を外すようなことがあります。そうするにはそれなりの理由があります。言葉通りの意味にこだわらず,話の全体を聞くように気を付けておけば,子どもの本音が聞こえるはずです。