***** 《中学生を持つ親のための12章》 *****

【第7章 あなたのお子さんは,力を自覚していますか?】

《中学生になると》

 身体的な成熟期に入り,男子であれば10cm以上も背丈が伸びたり声も変わりひげも生えてきます。女子では体の線が丸くなり胸も膨らんできます。ところでこのような身体の著しい成長に比べて,心は揺れ動き不安定な時期を迎えます。つまり心の成長が身体の成長に追いつけなくて,成長の激しい力を上手に制御できない状態が現れます。自分でもどうしてなのか分からない衝動に直面して不安になることもあります。このようなときに親の厳しさはかえって不安をあおるだけです。あふれる力を注ぎ込めるような対象を自分で見つけられれば,思い悩むこともなくなるでしょう。部活や勉強など何かに打ち込むということです。
 この打ち込める対象を親が無理に与えると,子どもは拒否します。心の成長とは自分のことは自分で考えたくなるという側面を持ちますので,自分で見つけた力の発揮が大事なのです。自分でやろうと決めるから打ち込めるのであり,それが心身のバランスをもたらします。
 身体の成長と共に体力もつき学力も備え,能力がかなり高まってきます。この自分の能力をどう認識するかという点で心の成長が分岐します。一つは親が自分に寄せている期待を尺度に自分を見積もります。親の期待に沿えない自分が見えると,自分の能力が否定されはがゆい思いをします。自己の能力の限界を知ることは必要なことですが,いくら頑張っても無理だというように半ば諦めの境地に陥ることは望ましくはありません。つまり現在の能力はまだ十分ではないが,今の自分には相応しい能力なのだと自認することが大切です。これが自信を持つということです。
 もう一つは,自分の能力がすでに大人の能力と同等になれたと錯覚することです。大人がしている仕事を大したことはないとなめてしまいます。たとえ方程式が解けなくても,おいしいハンバーグを作ることができればすばらしい能力ですが,そのような母親の力が見えません。親の目から見れば何一つ実際にはできないのに,言うことだけは一人前の口利きをする状態になります。自分の能力を自覚しているとは言えません。成長が停止しやがて枯れていくだけです。親が力を思い知らせる必要があります。そのためには,親が普段していることを子どもにやらせてみることです。留守などの機会を利用して,家庭の雑事を任せてみるのもよいでしょう。親がどれほどの優れた技量を持っているかを思い知ることでしょう。
 子どもは自分の力を過小でもなく過大でもなく自覚してはじめて,成長に向けた道を真っすぐに歩むことができます。

《調査結果から》

 中学生にもなると,家庭や学校といった自分の属している集団において,自分をどういう位置に置くかを考えるようになります。
 家庭での位置について,手伝いへの取り組み方から見てみます。家の手伝いをしていない中学生が25%ほどいます。家電製品などの発達と普及によって家事労働が激減したことや,子ども自身がやらなければならないことまで親がしてしまっていることが,背景として考えられます。言われたら手伝いをする中学生は56%で,最も多い割合です。言われなくてもする積極的な中学生は19%です。家庭生活の中に自分の能力を発揮させる機会を求める意欲は少ないようです。どちらかと言えば,家庭の細々としたことには関わりたくないと思っています。暮らしの場に能力を生かす場をもたないと,自分の能力を知らないままに過ぎていきます。力を自覚するためには機会ある毎に力を使ってみることが必要です。
 親の方では,手伝いを全くさせていない父親は36%,母親が15%です。子どもを家庭の中に組み込むためには,手伝いは最も基本的なことですから,積極的な親からの関わりが望まれます。
 中学生が手に余る課題に直面すると,悩んだり,問題行動を起こすことがあります。親は子どもが何に突き当たっているのかを把握しておかねばなりません。親から見て子どもに関する心配はどういうものなのでしょうか。子どもの成績や進学問題についての心配が,父親で32%,母親で40%であって群を抜いています。この数字は10年前よりも15ポイント以上も減少しています。反抗や友だちづきあいなどに関する心配は数%程度です。一方で,子どもに心配がないという親は父親が53%,母親が41%になっていて,10年前に比べると父親は17ポイント,母親は12ポイントそれぞれ増加しています。
 親の心配が割合として減少しているようですが,子どもとの距離が離れてきて,子どもの内面が見えなくなっているのではないかというおそれがあります。子どもには勉強の能力だけを身につけておけばそれで足りると,学校や塾に任せきってはいないでしょうか。生きていく総合的な力はどういうものかを,子どもに自覚させる養育が滞っているような気がします。

《親子関係の中で》

 力を自覚するとはどういうことでしょうか。自分の力によってできることとできないことを分かっているということです。できると思うのではなくできたという体験に裏打ちされたとき,自覚は自信に変わります。さらに自分がもっている能力を使いたいと思うことは快感です。それがさらに能力を高めていく推進力になります。面倒だからといって能力を使わないように封じていると,育ちが止まってしまいます。親はこのことを十分に考えておく必要があります。子どもが何かに打ち込んでいるときは自分の力を使う喜びに包まれていますので,水を差さずに温かく見守っておくべきです。
 中学生が持っている力には限界があります。できないことがまだいくらもあるということです。これを未熟さとか弱さと言うこともできますが,決して欠点とは認定しないでください。「だからあなたは駄目なの」と言ったりすることはありませんか。弱さを否定するのではなく,きちんと自覚することが育ちには必要なのです。親からの弱くていいという言葉かけが大切です。
 自信と自惚れとの違いを考えておきましょう。自信や自惚れは共に自分にはできる能力があると思うことですが,それでは違いが分かりません。できない能力を自覚しているのが自信,それを認めようとしないのが自惚れです。力を自覚するということは自分の弱さを素直に認められるかどうかにかかっているのです。できもしないのに能力以上に過信することが自惚れです。
 力をいろんな場面に使ってみることで,中学生はできることとできないことを分かっていきます。余計なことはしないという育ち方では自分の弱さが見えませんので,自信はつきません。親が子どもの力を見るときいろんな物差しを用意することが肝要でしょう。勉強の点数はほんの一部に過ぎません。身の回りのことが何一つできないでは成長とは言わないと考えるべきです。
 暮らしの中でできたという体験を積み重ねると,新たな困難に出会っても逃げることはしなくなります。それが勇気とか耐性とか言われるものです。力に限界がありますから,必ず壁に突き当たるでしょう。しかしその壁まではできたのですから,そのことを親は認めてやればよいのです。「ここまではできた」,それを認定するのが親の役割です。