***** 《中学生を持つ親のための12章》 *****

【第8章 あなたのお子さんは,価値を知っていますか?】

《中学生になると》

 友人関係は固定化してきて,同じ趣味や考え方,感じ方や境遇の似た者同士で集団化することもあります。グループの世界は自分たちの世界です。もしも異質な者が入ろうとすると排除しようとします。これが陰湿ないじめとなって現れます。また自分たちの思いを実現しようとして社会的な規範に触れるような場合には,お互いに正当化したり,確認したりします。独りよがりの考えに固執したり,わざと普遍的な価値観から外れてみようとします。このような体験を通じて中学生時代の価値観が育ちます。多少のはみ出しは子ども時代の他律から大人の自律へ向かう過程に必要なことです。
 中学生は親や教師が考えている以上に,ものの考え方や自分の生き方について考えています。例えば「お金が一番ものをいう」という考えと,「お金より大切なものがある」という考えを自分なりに整理できず,揺れ動きます。児童期には「お年寄りを大切する」とか,「ゴミを捨てないように」といったことを,何の疑問も抱かずに信じています。しかし中学生が大人社会を垣間見るときに,信じていたものが必ずしも世間では通用していないことに戸惑います。この不信感が大人社会に対する反発となって行動に現れます。このような子どもがよく生きたいと願っているのです。
 思いが適えられ甘やかされて育っていると,自分の思うようにならない事態に遭遇したとき,親や社会を否定しようとします。あくまでも自分の価値観を通そうとすると,反社会的な道しかありません。個人と社会の価値のすり合わせを早くからしておくことが必要です。遅れれば遅れるほど修復の痛みが大きくなります。中学生の時期は価値観の転換期です。子どもが持っているわがままや言われるままといった色合いの強い価値観が,社会と重なりを深めてくる中学生生活の中で,揺さぶられます。ここで中学生は自分で考え悩み,大きな視点から価値観を再構築し,自分で納得できるものに仕上げていきます。

《調査結果から》

 中学生にとって勉強は最大の関心事でしょう。多くの中学生はしたくないけどしなければという思いでしょう。ところで中学生が勉強している理由は,「希望する学校や会社に入りたいから」というものが38%で最も多く,10年前の調査に比べて15ポイントだけ増えています。進路決定に直面する3年生になると56%まで増加しています。本来勉強は人格面,能力面で自己を高めるためにするべきものですが,それは目的であり,日常的には具体的な目標を持たなければ行動は進みません。「ついていけないと困る,学校に行っているから,しろと言われて,何となく」といった周りからの強制に動かされている中学生は31%もいます。
 社会生活の中ではしなければならないと誰でも思うことがあります。中学生には当番という役割もその一つですが,41%の中学生が「まじめに」取り組んでいます。男女別に見てみると男子は36%ですが,女子は47%と多くなっています。しかし「仕方がないからする」という中学生も34%で,サボるという中学生も24%います。自分に期待されている責任を果たす価値に気づいてほしいものです。ただまじめにしている中学生の割合が10年前に比べて増えているのが救いです。
 親子のコミュニケーションを通じて,親は子どもに価値観を伝授することができます。日常に見聞きする社会のできごとを話題にしている父親は67%で,母親は82%です。母親の方が対話をする機会が多いことを表していますが,それだけ母親の価値観が子どもに影響していると言えます。社会のできごとを話すとき,その背後には何が真実か,どれが善意か,どう美しいのかという価値判断があります。親が親自身の価値を感想という形で話してやると,子どもは自分の考え方を確認したり,そういう見方もあると気づかせられたりします。日常の行動はすべて選択することで進んでいきます。例えば朝もう起きようか,もう少し寝ていようかという選択に直面します。するか,しないかという選択にさいしては,価値判断が出てきます。しっかりした価値観を持っていなければ,何もできません。
 子どもにしっかりした価値観を定着させるためには,ほめるという手続きが必要です。子どもをほめている親は,父親81%,母親87%と高い割合です。しかし10年前に比べると10ポイントも減っています。心配な傾向です。子どもが自分で選んで良いことをしたときに親がほめてやると,子どもは選択が間違っていなかった,価値判断が正しかったと確認できます。この繰り返しが価値を定着させます。

《親子関係の中で》

 親は子どもが幼少のころには良くほめて,やる気を喚起しようとしています。しかし中学生に対しては,親たちもあまり子どもをほめることはしなくなってきて,欠点を指摘し直そうと努めるようになります。ほめることを親は躊躇し始めます。中学生は見え透いたほめ言葉を言うとすぐに見抜いてしまうからです。
 小さい子どもをほめていたときは子どもと一緒に素直に喜んでいますが,成長するにつれて育てようという親の思いが強く出過ぎておだてに変わっていきます。ここでほめることとおだてることの区別をしておかなければなりません。ほめるのは子どもの行為や言動を認めて,快感を与えることです。そこで完結します。一方おだてるのは子どもを認めるのですが,後に尾を引きます。おだてる人は後の言動につながることを期待しています。その期待に中学生は親の下心を感じ取ってしまいます。育てることは期待をかけることですが,子どもの言動を一つ一つ完結させていくためにも,親は先走りしないように自重した方が良いでしょう。
 価値と一口に言っても,いろいろな尺度があります。良く知られている三つの尺度は,真と偽,善と悪,美と醜です。それぞれ明確さが違っていることに注意しなければなりません。真偽は誰にも分かります。ところが善悪は少しばかりあいまいになってきます。嘘は悪いことですが,嘘も方便とも言われます。すっきりと割り切れない部分が残されています。さらに美醜になると,かなりあいまいになります。個人的な好き嫌いの尺度が効いてきます。中学生のファッション感覚に対する大人の感覚とのずれは日常的によく現れます。中学生に望ましい価値観を持たせるには,この尺度のあいまいさを親自身がどう考えているかを素直に語り合うことから始めたら良いでしょう。
 物事の真偽は学校で教えることができますが,善悪は社会生活上の価値です。子どもの養育が学校と家庭に大きく担われている状況では,社会での経験が不足気味です。人との付き合いが同級生に限られていては,善悪の価値観が受け継がれる機会を持てません。地域社会での活動には大切な教育内容が潜んでいます。親にはごく当たり前なことであっても,中学生には新鮮なものがたくさんあります。多様な人との出会いが,生きていくために必要な善悪の価値観を教えてくれます。
 親も職場と家庭でだけ暮らすのではなく,助け合うという人間本来の社会生活を築くことが求められています。