***** 《中学生を持つ親のための12章》 *****

【第10章 あなたのお子さんは,展望を持っていますか?】

《中学生になると》

 自分の将来や人生について漠然と考えるようになります。お子さんに将来どんな仕事に就きたいか尋ねたことがありますか。お子さんは何になりたいと答えたでしょう。もし尋ねたことがなければ,一度聞いてみて下さい。中学生の将来展望は親から見ればまだまだ甘く頼りないものでしょう。それでいいのです。成長するにつれて道を選ぶ機会が次々に出てきます。自分でこちらと選ばねばならないとき,将来のイメージがなければ選べません。またときには逆に将来のイメージの方を修正しなければならないこともあります。遠くの何を見ているかも大事なことですが,将来という遠くを見るために顔を上げているということが大切です。
 展望を持っている中学生は,何事にも積極的で意欲に満ちています。自分自身で考え,行動を選択し,人に頼らず前進することができます。展望や目的を持っていないと,目標がなく毎日を何となく過ごしてしまうことになります。例えば,みんなが行くから進学するという中学生が少なくありませんが,これでは将来を見ていないことになります。昔の子どもには早く大きくなってお母さんを楽にしてあげるといった将来がありました。アジアの子どもたちは今そう願って,将来を見つめる目が輝いています。
 将来への目的意識を持つことは必要なことですが,それだけでは十分ではありません。さらに暫定的ではあっても努力する目標としてモデルを心に描かなければなりません。それに照らして進路を選択する最初の関門が中学時代です。近所のお兄ちゃんや年上のいとこなどのようになりたいと,具体的に見えるモデルがいれば最高です。だからといって親が比較するような対象として,押し付けることは禁物です。子どもが自分で選ばねば何にもなりません。
 子どもたちが「大人になりたくない」と思っていると指摘されています。将来に対して拒否反応を示しています。展望が無いというより,見えてくる展望が魅力がないという状況です。子どもにとって親は自分の将来の姿です。中学生になると,大人社会を冷静に見る目が育ってきます。親を一人の人間として,一人の男性,女性として評価します。確かにその目は一部しか見ていないこともありますが,案外鋭く本質を見抜くこともあります。親の暮らしぶりが子どもから見て憧れでなければ,親を否定することで結局自分の将来を消してしまうことになります。毎日疲れた姿ばかりの親を見せつけられては,子どもは大人になることを恐れるようになります。たまにでも明るい笑い声のある家庭であれば,展望が開けてくるはずです。
 なによりも親が明日の展望を持つことです。

《調査結果から》

 大人のモデルとして最も身近な親を,中学生はどのようにイメージしているのでしょうか。父親は尊敬でき頼りになる人という中学生が30%,教え指導してくれる人が19%です。母親は理解のある人という中学生が24%,尊敬できる人,教え指導してくれる人が共に20%弱です。10年前に比べると尊敬できる父親の割合が11ポイント減っています。父親に対するイメージが小さくなっています。また父親では生活費を稼いでくれる人というイメージが第3位で,10年前より増えています。母親では口うるさい人というイメージが少なくありません。全体的な傾向は,親が大人のモデルから滑り落ちているようです。親は子どもにモデルとして値踏みされているということを忘れています。
 親子の会話の中で,将来や人生について話していると思っている中学生の割合は,父親と40%,母親と62%です。一方話しているつもりの親の割合は,父親が64%,母親が81%です。親子の間で20ポイント程の開きがあります。親が将来や人生について語っている積もりでも,中学生はそうは聞き取っていないということです。中学生にとっての将来や人生とはまだまだ曖昧なものに過ぎないようです。ただ心配なことは,将来や人生について話している親の割合が,10年前より10ポイント近く減っていることです。親自身が明日を見なくなっているのでなければいいのですが。
 大人になることの大きな側面は社会性を持つということです。学校でのさまざまな集団活動は,個人が共同して自分たちの社会を作り上げる喜びを目的に置いています。個人的な満足とは違った社会的な満足を知ることが,大人になる条件です。クラス活動に積極的に参加している中学生は43%です。学年別では,1年生の38%から3年生の48%に増加しています。大人になっているということでしょう。
 子どもの幸せに向かうより良い育ちを願うとき,親もより良い生き方を願っていなければなりません。自分の生き方を子どもに真似して欲しいと思っている親は,父親が37%,母親が41%です。自分の生き方に自信が持てない親の後悔が,子どもへの過剰な期待につながってしまう恐れがあります。親としても自分の生き方を再評価することが求められているようです。
 子どもを生きがいの対象としている父親は43%,母親は58%です。この割合は学年とともに減少しています。無限の可能性に満ちた子どもが,成長とともに現実的な姿に落ち着いて来るとき,子どもに掛けた期待が縮小するような気持ちになるからかもしれません。10年前に比べると,子どもが生きがいという親は10ポイント程度減る一方で,生きがいがないという親の割合が増えています。生きがいという展望を持てなくなり,そのような自分の生き方に迷いを持っている親の苦悩が伺えます。

《親子関係の中で》

 子どもたちは自分の個性や可能性が少しずつ見えてくると,自分なりの生き方を探し始めます。将来の進路ということでは幾筋もの道があり得ます。ただ道の選択に際しては,そのときの最もよい選択をするはずですが,将来にもよい選択であったかどうかは分からないということを親はきちんと押さえておくべきです。逆に考えれば,今の選択が最良ではなくても,将来は良くなる可能性がまだ残っているということです。これしかないと思い込むことがかえって道を閉ざします。紆余曲折があるのが人生の選択であることを知っているのは,親のはずです。
 子どもに期待をかけるのは親の自然な感情です。ところが子育てになると親は,期待を強制にすり替えてしまいがちです。子どもの将来を見越して今こうしなければとか,こうあらねばという無理な要求水準を,子どもに押し付けようとすることが強制になります。期待は今の子どもの能力に見合った到達水準を思い描くことであって,出来なかったらレベルのほうを修正できることです。60点の成績を「100点でなければ」と思うのが強制であり,「70点になればいいね」と思うのが期待です。
 展望を持つということは,どう生きていくかという見通しですが,それを生き方と言ったときに注意することがあります。将来について最も大きな関心は,選択する進路の先にある職業,つまり生きていく技にあります。生き方を単に金を得る方法,会社員,技術者,商人などになるという選択とだけ考えていては,幸せな展望は見えません。高校や大学に入りさえすればと過ごしてきて,いざ卒業するときに何をしたいのかを考えようとしても無理です。また会社に入って毎日つつがなく勤めていても,何のために生きているのか分からないのでは幸せにはなれません。生き方とは幸せの見つけ方です。親が今どんなに幸せかを子どもに話してあげて下さい。
 子どもが成長していくにつれて,新しく大きな喜びというものが手に入ります。自分だけの喜びから家族の喜び,さらに郷土の喜び,人としての喜びというように拡大し深まっていく喜びが,生きる喜びの姿です。展望を持つということは,成長する毎に得られるはずの喜びを手にすることの期待です。周りの人のためにできることをしてあげることが自分の喜びになったとき,大人になれます。暮らしの幸せの中心には,心の幸せがあることを子どもに確実に伝えることが親の役割です。