4月3日 乙亥
鶴岡祭、二品御参宮。馬場の儀、馬長(十騎)・流鏑馬(十五騎)・競馬(三番)、そ
の後廻廊の内に於いて相撲(十五番)。次いで三嶋社祭なり。流鏑馬(十騎)・競馬
(三番)・相撲(十番)なり。
[玉葉]
今日戌の刻、天王寺より定能卿院宣を伝う。余が女子入内の事聞こし食しをはんぬ。
また宸筆の勅報有り。その趣惟同じ。歓喜の思い、千廻万廻なり。
4月4日 甲子 [玉葉]
夜に入り天王寺より帰り来たる。頼朝卿申す、朝方卿行家に同意するの間の事、仰せ
下さるる所なり。
4月6日 丙寅 [玉葉]
卯の刻、定長朝臣来たり。頼朝卿重ねて朝方卿の事を申す。件の消息去る夜半師卿の
許より遣わす所なり。只今天王寺に参り、先ず内覧する所なりと。
4月9日 己巳 [玉葉]
定長朝臣帰参す。朝方卿の事、所職を解かるべし、また国を停らるべしと。
4月18日 庚寅
北條殿の三男(十五歳)御所に於いて首服を加えらる。秉燭の程、西侍に於いてこの
儀有り。武州・駿河の守廣綱・遠江の守義定・参河の守範頼・江間殿・新田蔵人義兼
・千葉の介常胤・三浦の介義澄・同十郎義連・畠山の次郎重忠・小山田の三郎重成・
八田右衛門の尉知家・足立右馬の允遠元・工藤庄司景光・梶原平三景時・和田の太郎
義盛・土肥の次郎實平・岡崎の四郎義實・宇佐美の三郎祐茂等着座す(東上)。二品
出御す。先ず三献。江間殿御酌を取らしめ給う。千葉の小太郎成胤相代わりこれを役
す。次いで童形召しに依って参進せられ、御前に蹲踞す。次いで三浦の十郎義連加冠
たるべきの由仰せらる。義連頻りに敬屈し、頗る辞退の気有り。重ねて仰せに曰く、
只今上首多く祇候するの間、辞退一旦然るべし。但し先年三浦に御出の時、故廣常と
義實との諍論、義連これを宥むに依って無為す。その心操せ尤も感じ思し食されき。
この小童は、御台所殊に憐愍し給うの間、将来に至り方人たらしめんと欲するが故、
計り仰せらるる所なり。この上は子細に及ばず。小山の七郎朝光・八田の太郎朝重脂
燭を取り進み寄る。梶原源太左衛門の尉景季・同平次兵衛の尉景高雑具を持参す。義
連加冠に候す。名字(時連、五郎と)。今夜の加冠役の事、兼日に定められざるの間、
思い儲くの輩多く候すと雖も、当座の御計、左右に能わざる事か。
4月19日 辛卯
梶原平三景時の在京の郎従飛脚として到着す。師中納言(経房卿)去る八日の消息を
持参す。その趣、頼経卿父子・朝方卿父子の事、申請せしめ給うの旨に任せ沙汰し切
られをはんぬ。且つは彼の政綱、義顕に通すの状、早く進覧すべし。次いで山上兵具
の事、禁制すべきの旨座主に仰せらるる事またをはんぬ。奥州の事、摂政以下諸卿に
仰せ合わされ、追って勅答有るべきの旨院宣を蒙るてえり。また昌寛注し申して云く、
去る月十九日、按察大納言並びに侍従朝経籠居す。同十三日、彼の父子及び左兵衛の
尉政綱等見任を解却せらると。
4月21日 癸巳
出雲の国目代兵衛の尉政綱の事、院宣の御請文を進せらる。自筆を染めらるる所なり。
四月八日御けうそ、同十九日かしこまりてはいけんつかうまつり候ぬ。まさつなが
こと申上候ぬ。いかでかそうもん候はざらんことを、君に申あげ候て、あやまち候
はざらん人をうたへ候事は候べき。ただしともかたのきやう、くにをめされ候はん
こと、返々ふびんにおもひ給候しかども、きづきのやしろの御せんぐうとげられ候
はざらんも、ふびんに見給候。申たることあらはれ候ぬれば、いかでかおそれはち
おもふ事候はざらん。それにてよろづいたり候ぬ。くにをばもとのことくさたして、
まさつなならぬもくだいをめしつかふへきよしの御定の候はんとおもひ給候。かつ
は君に御大事をとげられ候はざらむ。きはめたるおそれに候。いまはいかでか君を
はぢまゐらせず候はん。よくよくおほせふくめられ候て、おもきとがは候まじきに
候。ためのり下向つかうまつりたるよしうけ給候。ひごろのいきどほりをさんし候
ぬ。
四月二十一日 頼朝
おりふし心なきやうに候おそれは候しかとも、申上ず候もなかなか又おそれに候。
かやうに申あげさせ給候てへく候。
君に申あけ候はば、たかき人をもいやしきをも、わたくしをうらみ候事は候はず候。
いかに候とも、ことをあやまつ事は候まじきに候へんは候はず。何事をも申あぐべ
く候。またく心へ存候はぬに候。しげしげ申上候。おそれはばかりにこそ候へ。
4月22日 甲午
奥州追討の事、法皇天王寺に御坐すと雖も、蔵人大輔定経の奉行として、去る九日、
禁裏に於いてその沙汰有り。仍って師中納言その仰せの詞を得て、御教書を書き下さ
るる所なり。
奥州追討の事、朝の大事たるの間、且つは人々に仰せ合わされ、且つはその間御祈
りの事なんど沙汰の間、今に遅々す。左右無く官符を遣わさるべきの由、仰せ遣わ
さんと欲するの処、遮って言上尤も神妙なり。泰衡の申状前後相違し、返す々々奇
怪なり。官使出立の間、左右無く下されず。且つまた発向、一定何比ぞや。宣旨を
成し儲け、重ねて申状を待たるべきか。次いで役夫・工米、来八月上棟定めの事な
り。東大寺の大柱引き付くべき事、その外朝家の大事等指し合う。件の事等、遠慮
を廻らし事闕ざるの様、計り沙汰有るべきか。且つは追討の御祈りなり。神事・仏
事を専らせば、何ぞ冥助無からんかの由、殊に存念して、沙汰有るべきものなり。
4月24日 丙申
鶴岡臨時祭の事、来閏月の分、猶礼奠を致さるるべきかの由、その沙汰有りと。