1203年 (建仁3年 癸亥)
 
 

3月3日 壬申 霽
  鶴岡一切経会。将軍家御参宮例の如し。
 

3月4日 癸酉
  将軍家隼人入道が宅に渡御す。北條の五郎・富部の五郎・比企の四郎・肥田の八郎・
  紀内・源性・義印等参る。御鞠有り。
 

3月10日 己卯
  去る夜亥の刻より、将軍家俄に以て御病悩。而るに御夢想の告げ有るに依って、駿河
  の国方上御厨、地頭武田の五郎信光が所務を止め、大神宮領に寄付す。廣元朝臣これ
  を奉行す。
 

3月14日 癸未
  将軍家御不例平癒の後御沐浴なり。
 

3月15日 甲申 晴
  永福寺一切経会、将軍家舞を覧玉わんが為に御出で。烟霞の眺望・桜花の艶色、興有
  り感有り。還御の時行政が山庄に入御す。晩鐘の程に還御す。
 

3月26日 乙未
  将軍家(御布衣)隼人入道が宅に渡御す。御鞠有り。人数、北條の五郎・紀内・富部
  の五郎・比企の彌四郎・肥田の八郎・義印・源性等なり。伯耆少将見證に候ず。凡そ
  この間隔日に御鞠なり。