12月10日 戊戌
御台所御下着と。
[明月記]
今日巳の時信清卿の娘関東に下向す。卿三位が岡前の家より出立す。上皇の御桟敷、
法勝寺西大路鳥居西、増圓法眼これを作る。馬の助(亡者)、大刀、去る比仏師に施
與す。件の大刀銭三十貫を以て買い取る。御引出物に献ずと。来迎の武士二十人の中、
二人(馬の助・兵衛の尉)死去す。その替わり親能入道が子を加うと雖も、今一人猶
欠く。前陣の侍九人、各々水干・小袴・行騰錦繍に非ず。次いでヒスマシ二人騎馬、
直垂・小袴を着す。次いで雑仕二人、袙のつま見・ムシ笠。次いで女房六人ムシ笠、
繍指貫。次いで主人輿。力者十六人、紺(星文)・亀甲袴を着す。次いで仲国・秀康、
その體侍の如し。次いで少将忠清・私侍十人、次いでまた関東の侍十人(前後合せ十
九人)。忠清の先女房輿六。各々華麗過差、喩えに取る物無し。
12月17日 甲辰
将軍家前の大膳大夫廣元朝臣の家に入御すと。
12月18日 乙巳
尼御台所の御願として七観音像を図絵せらる。去る比南都より到着す。今日彼の御方
に於いて供養を遂げらる。導師は金剛壽福寺方丈葉上坊、願文は仲章朝臣これを草す。
将軍家御結縁の為渡御すと。
12月22日 己酉
御台所の御方に祇候の男女数輩、地頭職を拝領すと。