1210年 (承元四年 庚午)
 
 

12月1日 乙卯 陰
  辰の刻日蝕見えず。法橋隆宣御祈りを勤む。
 

12月5日 己未 晴
  京都の使者到着す。去る月二十五日俄に御譲位の由これを申す。これ後朱雀院の例と。
 

12月15日 己巳 陰
  戌亥の両時月蝕正見す。御祈り摩尼房なり。
 

12月21日 乙亥 暁以後雪降り、積もること尺余
  今日伊賀の次郎宗光の奉りとして、中民部大夫仲業問註所寄人を相兼ねるべきの由仰
  せ含めらると。これ掃部の頭親能入道が家人なり。右筆の芸に依ってこれを召し仕わ
  る。
 

12月28日 癸卯 [玉蘂]
  この日天皇(順徳)太政官庁に即位す。天顔快晴。西風時々扇く。下官去る夜より内
  に候す。