1215年 (建保3年 乙亥)
 
 

9月6日 壬戌 晴
  丑の刻大地震。
 

9月8日 甲子 陰
  寅の刻大地震。
 

9月9日 乙丑 陰
  鶴岡八幡宮の神事、将軍家御出で。
 

9月11日 丁卯 晴
  寅の刻大地震、未の刻また少動す。
 

9月13日 己巳 晴
  未の刻地震。
 

9月14日 庚午 晴
  酉の刻地震。戌の刻地震。同時に雷鳴。亥の時佐藤伊賀の前司頓滅す。
   従五位上行伊賀の守藤原朝臣朝光(年)、散位光郷の男、母は下総の守邦業が女。
   正治年月日、左衛門の少尉に任ず。建永元年庚戌四月二十五日、使の宣旨を蒙る。
   二年四月十日叙留(去る三月十二日畏みを申す)。五月二十三日辞職。承元四年三
   月十九日、伊賀の守に任ず。建暦二年壬申十二月十日、従五位上に叙す。
 

9月15日 辛未 晴
  戌の刻、朝光を山城前司行政が家の後山に葬る。相州その所に監臨し給う。
 

9月16日 壬申 晴
  卯の刻地震。
 

9月17日 癸酉 晴
  戌の刻三度地震。
 

9月21日 丁丑 晴
  連々の地震に依って御祈りを行わる。三万六千神祭は親職、地震祭は宣賢これを奉仕
  す。駿河の守季時これを沙汰す。江左衛門の尉能範御使いたり。
 

9月26日 壬午
  亥の刻雷鳴数声。雹降る。大きさ李子の如し。