1217年 (建保5年 丁丑)
 
 

6月20日 丙寅 晴
  阿闍梨公暁(頼家卿息)園城寺より下着せしめ給う。尼御台所の仰せに依って、鶴岡
  別当の闕に補せらるべしと。この一両年、明王院僧正公胤の門弟として、学道の為住
  寺せらる所なり。
 

6月21日 丁卯 晴
  吉日たるに依って、将軍家御神籬祓いを始行せらる。陰陽の少允親職これを奉仕す。
  右京兆の御沙汰なり。