1219年 (建保7年、4月12日改元 承久元年 己卯)
 
 

8月26日 己丑
  後藤左衛門の尉基綱使節として上洛す。一院去る十三日より御悩の由、その告げ有る
  に依ってなり。

[愚管抄]
  又院は八月のころをい御悩はづらいをはしまししに、よくよく静に物を案ずるに、此
  忠綱と云男をこれらなどに殿上人内蔵頭までなしたるひが事こそ。いかに案ずるも取
  所もなきひが事なりけりと、さとり思ふ也とて、やがて解官停止して、御領国さなが
  らめしてすてられにけり。其御悩無為無事に御平癒ありけり。此関東の御使の間にも、
  やうやうのひが事奇謀ども聞へき。