1224年 (貞応3年、11月20日 改元 元仁元年 甲申)
 
 

3月14日 辛亥 晴
  酉の刻、若君御亭の南廊御蔀の上に烏巣を作る。今日これを見出す。先例不快の由そ
  の沙汰有り。内々卜筮せらる。御病事の由、国道・親職等これを占い申す。
 

3月16日 [高野山文書]
**北條義時請文
  当山衆徒訴え申す根本大塔領備後国大田庄・蓮華乗院領紀伊国南部庄の事、訴状を下
  し預かるに就いて、地頭家連・康継等陳状を進し候なり、てえれば、この旨を以て、
  言上すべきの由候所なり。義時恐惶謹言。
    三月十六日           前の陸奥守平(花押)
 

3月18日 乙卯 霽
  午の刻、若君御亭の釜殿の釜耳に蔬生える。仍って伊賀式部の丞光宗・同六郎右衛門
  の尉光重等の奉行として、御占いを行わるるの処、聞こし食し驚く事有るべし。また
  寅申歳の女房慎まらるべきの由、陰陽師五人連署せしめこれを申す。
 

3月19日 丙辰 晴
  今暁より、前の奥州の御祈祷百日の泰山府君祭これを始めらる。御使は林の太郎。こ
  れ殿中表示等有るが故なり。丑の刻甘縄山麓以南三町余焼亡す。千葉の介胤綱の家そ
  の中に在り。
 

3月21日 戊午 晴
  怪異等の事に依って御祈りを行わる。属星・月曜・螢惑・百怪(五座)、泰山府君(七
  座)等の御祭なり。
 

3月23日 庚申 晴
  伊賀三郎左衛門の尉光資卒す。日来脚気を煩うと。これ伊賀の守朝光の三男なり。
 

3月25日 [皇帝紀抄]
  奈良坂の非人等清水寺坂に発向す。彼の坂の非人と合戦し、命を損ずる者有りと。珍
  事なり。
 

3月26日 [百錬抄]
  竊盗等大学寮の廟倉を打ち破り、孔子御影の裏絹を放ち取ると。御影等多く破る。