1224年 (貞応3年、11月20日 改元 元仁元年 甲申)
 
 

11月9日 辛未 陰
  亥の刻地震。今日伊賀四郎左衛門の尉朝行・同六郎右衛門の尉光重等、流刑に依って
  鎮西に赴くと。
 

11月13日 乙亥 晴陰
  申の刻雷鳴甚雨。
 

11月14日 丙子 霽
  式部大夫親行・伊具の馬太郎盛重等、出仕を止め所領を召し放たる。これ相公羽林の
  上洛に扈従するの科に依ってなり。
 

11月15日 丁丑 晴
  申の刻雷鳴。
 

11月18日 庚辰 霽
  武州故右京兆周関の御追福の為、伽藍を建立せらる。今日柱立て。左近将監景綱奉行
  すと。
 

11月20日 [皇帝紀抄]
  改元。天変地妖に依ってなり。
 

11月30日 [長門三浦家文書]
**関東下知状案
   早く平重資をして周防国仁保庄地頭職に為さしむべき事、
  右人、親父重経法師の譲り状に任せ、彼の職たるべきなり。兼ねてまた重綱分深野村、
  異論有るべからざるの状、仰せに依って下知件の如し。
    貞応三年十一月三十日      武蔵守平(在御判)