8月15日 戊子
鶴岡八幡宮の放生会なり。将軍家御出で、御車例の如し。越後の守光時御劔、梶原左
衛門の尉景俊御調度を懸く。信濃大夫判官行綱・河津大夫判官尚景(各々家子を具す)
等供奉す。
8月16日 己丑
将軍家の御参宮昨日の如し。今年より三箇年、馬場の儀、御立願に依って結構有るべ
しと。仍って十列は、武藤左衛門の尉・加藤左衛門の尉・加地七郎左衛門の尉・紀伊
次郎左衛門の尉・長掃部左衛門の尉以下これに騎す。信濃大夫判官・小笠原の六郎・
駿河五郎左衛門の尉・上野の十郎・加地八郎左衛門の尉以下流鏑馬の射手たり。同的
立は、能登の前司・但馬の前司・隠岐前の大蔵少輔・上野大蔵権の少輔・大隅の前司
・上総権の介以下これを立つ。競馬は、雅楽左衛門の尉・左府生兼見・本間左衛門の
尉・中村の三郎以下これを召し決さらるるなりと。
8月24日 丁酉 天晴
御所の廊に於いて千度御祓いを行わる。泰貞・晴茂・泰守・晴長・国継・晴憲・晴貞
・以平・泰房・泰兼(以上衣冠)等これを勤む。この人数を催せらるるの処、宣賢進
奉しながら、刻に臨み泰守の座下に候すべからずと称し、男資宣を進すの間、出仕を
止めらる。泰兼を召しその替わりと為すと。陪膳は相模右近大夫将監時定・遠江式部
大夫時章(已上布衣)なり。摂津の前司師員朝臣これを奉行す。
8月26日 己亥
三嶋の御神事なり。放生会流鏑馬の射手以下の役人を以て遂行せらるる所なり。殊な
る御宿願たりと。今日武州(経時)、御書を問注所に遣わさる。これ武州禅門の時成
敗有る事、訴人懸物の押書を進せざれば、縦え問答を遂ぐべきの由御書下有りと雖も、
召し決せらるべからずと。執事加賀民部大夫請文を献ると。夜に入り将軍家前の右馬
権の頭の亭に移らしめ御う。これ小御所並びに御持仏堂以下壊し立てらるべきの間、
四十五日の御方忌に移られんが為なりと。