1330年(元徳2年 庚午)
 

1月24日
  引付頭、一茂時、二道順、三貞直、四道準、五道蘊
 

2月7日
  将軍の御所失火す(前の宮内少輔元遠の休所より出来すと云々)。余焔他所に及ばず。
  大王相州禅閤の亭に入御す。

2月22日
  相州(守時)の亭を以て仮御所と為す。相州則ち同宿す。
 

3月8日 [武家年代記]
  春日行幸(橋渡備中三郎判官六角)。

3月26日 [武家年代記]
  日吉行幸。
 

7月11日 [武家年代記]
  武州六原より下向す。

7月20日 [武家年代記]
  越後の左近大夫将監上洛す(辰の刻に進発)。

7月24日
  引付頭、一貞時、二道順、三貞直、四道準、五道蘊
 

*[保暦間記]
  秋比、高資驕の余に高時が命に随わず。亡気ながら奇怪に思ひけるが、長崎三郎左衛
  門尉高頼以下の者どもに云付て、高資を討んとしける程に、事顕て高時が身も危けれ
  ば、我は知らずと申ければ、高頼が不思議の企なりとて奥州へ流罪す。余党は国々へ
  遣れけり。
 

10月3日 [神明鏡]
  大地震に、紀州の千里の濱の辺俄に陸地と成事二十余町。

10月7日 [神明鏡]
  地震。藤の禅頂崩事数千丈なりと云り。
 

12月
  聖護院尊珍法親王越前に配流さる。東使は三浦安藝の入道道光。

12月2日
  引付頭、一貞将、二貞直、三範貞、四道準、五道蘊