見た目の割に地味ですよ、試合中とセーカク違うと言われますよ。
 思うさ、サッカーが無かったらひょっとして自分は一生、本気で怒鳴ったり怒ったりせずに暮らしてしまったんじゃないかって。本気で喚いて、時には泣いてしまったりね。こんなこと、一生。
 しなかったかもしれない。
「日向も地味だぜ、あれでなかなか。うん、そーいうとこお前と似てると思ったな、俺」
「地味かあ? あのツラで地味って言うか?」
 ツラのこと言ったらあんたの方が派手でしょうと、反町は上着に吹きこぼしてしまったウイスキーを、テーブルに備え付けの紙ナプキンで拭い取った。
「造りの話じゃないだろ、あの目つきも」
「だから、本人その気がねえのに傍若無人に見えるのとか。何考えてんのか分かんねえとこもあるけどさ、真面目で堅いよ、あいつ。素直だし」
「読んだ。何見てもそう書いてあるだろう。だけど真面目が即地味ってんじゃ違うと思うぞ」
 うーん、と反町は腕を組んでふんぞり返った。ふんぞり返ったついでにウェイターを呼び止め、溶けてしまった氷の代わりを注文する。
「それで言ったら、ムチャクチャ真面目ってんでも無いけどな。アホなギャグかまして俺の腰抜かさせるしよ。…そう、派手なのが苦手っての? サッカー以外では融通きかねえとこが面白いぜ。マスコミ慣れしてねえもんだから、杓子定規の見本みてえなインタビューするじゃん。本人知ってて読むと笑えるよ、あれ」
 なんだかんだ言って、反町は彼を気に入っているらしかった。お前ポジション争いしてるくせして呑気だなと若島津が言うと、とんでもない!、とこれまた大げさに叫び返される。
「三年、…二年かな、それぐらいしたら本気でヤバイ。選抜もきっと派手にくるぜー。このまま伸びたらお前もひと事じゃなくなるからな。…そう…、やってることがとにかく派手だねえ。あんまりスレねえといいんだけどな」
 スレまくってるお前が言ってどうすんだよと思ったが、若島津はふうんと言っただけでそれは口にはしなかった。余談ながらこの人達は、自分らもどれだけ派手な経歴を踏んだかは忘れている。特に若島津などはマスコミの迷惑さだけが苦手意識で残って、なんで騒がれるに至ったかの原因までは考えていない。
 だもんで日向の話も、まあしょうがないよな、大変だね、なんたってスーパールーキーさんでいらっしゃるからね、となんだか本筋と逸れた納得の仕方をした。って、お前も騒がれただろう、五年前。オリンピックもあって大騒ぎだっただろう!
「ま、俺もホラ天才だから! そうそうルーキーにやられっ放しじゃおりませんよ」
「おお、さすが首位チーム、大きく出たな」
「任せて、得点ランキングも行くわよ、てなもんだ」
 ははは、俺のチームも頑張るさ。
 どちらかと言うと、今年はファーストシーズンで手一杯になっちゃった感じの若島津のチームは、セカンドではイマイチ首位攻防戦から脱落気味。代わりと言えばそれもナンだか、この後にくるトーナメント戦の方に若島津の意識も行っている。
 そんなこんなで、反町とのサッカー談義も比較的のんびり交わす。五杯目だか六杯目だかのグラスを空けあって、しっかり食い物も腹に入れて、わりかしご機嫌になったところで今日のこじんまりした同窓会はお開きとした。キャッシャーの所でファンの女の子に頼まれたサインにも、にこやかにパパーっと一気書きしたりして。(だけど酔ってたからいつもと筆跡違ってたよ。その上、もしかして日付を間違えた)
 なので、話題の大元にオチが付いていないのに若島津が気が付いたのは、自宅マンションに辿り着いてからのことだった。
 ───だから日向くん。なんだって君は俺をそう睨むのかね?
 
 
 
 約ひと月が経過して、あれからも日向くんは大層なご活躍ぶりを見せていた。若島津は夜のニュースをチェックしながら、お前もひと事じゃないよという反町の科白を思い出す。 
 うむー、これはちょっと…かなり怖いだろうね。
 若いせいもあるけどゴール前での動きが早い。おまけに試合途中から投入されたりするので、スタミナ保ちと集中力がありそうで嫌になる。無理な場面では敢えて打たず、ボールを丁寧に回すことを知っている。ガタイが良くてドリブルがぶれないし、ディフェンスの外し方が独特だ。とにかく足が早いのが要チェックか。
 ビール片手に台所から横目で眺め(ちゃんと自炊しとるのだ)、若島津の頭の中は次の試合でいっぱいになる。こう来て、んで多分うちのDFがこう削って、ふむ、とすると日向ならこっちにはたくかね、ふんふんふん。
 五試合連続で得点を上げたそうで、テレビでは日向がヒーローインタビューを受けていた。くそ真面目な汗ダラダラの顔のままで、日向はチームメイトの方を振り返り気味に話し続ける。いえ、あそこでコースが空いたのがパッと見えて、…そうです、あのスミまで狙ってたわけじゃないけど、イメージはあったかなっていう。…イメージ通り? そう言われるとそうなのかな、サイドで曲がるの、もうちょっとじゃあ意識して狙わないと。
 おい、日向くん。君は先週も同じよーなインタビューを喋っておったぞ。反町の『杓子定規』という言い方が分かる気がして、若島津はつい吹き出しつつタブに洗い物を突っ込んだ。
 最後に、連続得点を更に狙いますかと訊かれると、そういうのってあんまり言いたくないし、自分で意識したくはないですと殊勝に彼は答えを返した。殊勝な割、その顔つきは相変わらず不遜であった。
 それで画面はスタジオに切り替わり、でも頑張ってほしいですよねえ、と女性アナが隣りの男性キャスターに話題を振る。はあ、とここで一視聴者の若島津は軽く肩を竦める。
 本当、皆さん記録とか数字で変換出来るものがお好きでらっしゃる。
 ───、ハイでは来週のカードです。……の試合は7時キックオフ、こちらのチャンネルで放送を予定しております。首位とは言え得失点差ですから見逃せませんね。何と言っても全日本代表のGK、若島津選手との勝負が楽しみです…───そうですねー、前回、若島津選手はゴールを許してないですから……───。
 彼との二度目の試合は来週、土曜。
 よろしい、受けて立ちましょう。悪いが6点目だけは君にはやらん。
 
 
 土曜はあっという間にやってきた。前日、お茶目な反町から不敵な留守電が入っていたりもして、若島津もやる気充分で試合に望んだ。
 ある程度の予想はあったが、日向はベンチ組に回り、スタメンでは入ってなかった。真正面から睨んでこそ来ないにしても、背中や横顔に視線を何度か感じた。あいつだなとほとんど確信で若島津は思う。
「──ここらで多分日向を出して来るな」
 怪我人で一時試合が中断になった隙、DFの城山さんという人から先にその名を口にした。若島津も気付いていた。ベンチの向こうで、日向がウォーミングアップを始めている。フィールド脇、控室前へ続く通路の手前で、テクニカルコーチがパス出しに付き合いながら、何か熱心に日向に指示を伝えている。
「横田と交代だったら、城山さんがカバーに入るんでしょう?」
「そうなる。…あいつセットプレーが読めねえんだよ、参るなー」 
 なんでも、若島津のチームはデータ的に前半、或いは後半が終わる5分以内のコーナーキックでの失点が多いのだそうだ。何かい、それは俺の集中力が無いってことかいと若島津自身はげんなりしたが、相手さんもそれを狙っているのだろうなと想像がつく。時計を見上げると、前半終了までにはロスタイム含め残り7分弱というところか。
 上着を脱いだ日向がフィールドに出てくる。若島津は見るともなしにその姿を追っていた。膝のストレッチを繰り返しながら、彼はうつむけていた顔をすっと上げる。
 ───いきなり真っ直ぐ、迷いもせず自分へ向けられたきつい視線。
 瞬間、若島津は心臓が飛び跳ねそうになった。
 金縛りにあったように身体が動かせない。ついでに頭の中もパニックしかかる、視線を外すことすら出来そうにない。

  

 


 

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