「あいつ、ホントは結構呑むんだろ? 俺とだと、どうも遠慮してるっぽいんだよな」
「アホのよーに呑むわ、はっきり言って。俺と松っちゃんといい勝負」
「松村とかァ? そりゃ今からヤバイんじゃないの」
「どっちかって言や日本酒党みたいだな。ただ、自分でもまだよく限界判ってねーんじゃないかとは…。一回、そうだよあれも洋酒だったな、いきなりスコーンと寝ちまってさァ。マジで急性アルコール中毒かとこっちは慌てたぜ。三秒前まで喋ってて次の瞬間寝てやがんの。それが、えっらく平和そうなツラでさあ」
「──ちょっとっ!」
 黙々と前を歩いていた日向だったが、ついに我慢しきれなくなったふうに振り返る。
「カズさん!、余計なこと喋んないで下さいよ」
「嘘はいっこも言ってねえじゃん」
 さっきの仕返しか、反町は意地の悪そうな笑みで日向をかわす。ムッとして言い返しかけ、だが日向は若島津の方を眉をしかめて窺い見た。
「ん?」
「……フツーです、オレ」
 は?、と止まってしまった若島津の表情に、慌てて日向は言い足した。
「そんな、変な酔っ払いじゃないです。ほんとに」
 だ、誰もそんなこと言ってないよ。
 唖然として、ついまじまじと日向を見返してしまう。そんな若島津を、観客席への通路でよそ見してるおっさんから背中で庇い、日向はまた気まずそうに視線をさまよわせた。
「それと、これもほんとに…、今日は一人で来たんです。彼女とかって、オレ……そういう相手、いないんで」
「そ、…そうか」
 という以外に、ここで自分にどんな返事が出来たものか。しかしあれだね、会話のノリからしたら間抜けと言うか、「外してる」感じもしないではなかったりして。
 だけど何を外したのかが問題だ。
 若島津が悩む間に、日向はふいっと反町を追って観客席入り口に入って行った。試合はもう始まっているらしく、空に向かったその四角い入り口からは、歓声とブラスバンドの曲が一気に盛り上がって噴き出してきている。
 ───ううむ。
 何つうかこう…、この坊やは掴みどころがない。
 飲み終わった缶コーヒーを通りすがりにゴミ箱に突っ込んで、若島津は一人で首をひねった。
 
 
 
 その日、結論から言えば反町と若島津の母校は決勝進出が成らなかった。PK戦にまで持ち込んで、最後に外してしまったDFの二年生は、膝を着いて暫く立ち上がることが出来なかった。
 監督にこそこそとご挨拶に行って、覚悟してたけどやっぱりレポーターに捕まって、反町と若島津は一言ずつ自分らの後輩の健闘を称えた。願わくば、彼等の未来に栄光あれ。
 この間、日向は競技場の外にいた。そうしろと言ったわけでもないが、自主的に若島津の車の所で待っていた。派手な外車に三人でぎゅうぎゅう乗り込んで(若島津の趣味の車じゃありません・前話参照)んじゃ飯食いにでも行こかーという話になり、協議の末、反町御用立のイタメシ屋に進路を取る。
 ところで、見る度に思うのだが、日向という青年は実に豪快に食う。反町だって若島津だってスポーツ選手には変わりないのに、この日向の食う量には勝てそうにない。寮生活をしてた学生時代だって、これだけの豪快さの奴にはお目にかかった覚えがない。もとい、食うだけに限った話ではないかもしれぬ、例えば彼のサッカーのプレーについてもこの形容句はよく使われている。
「…日向、皿まで食うなよ」
 同じことを考えていたのか、パスタをフォークに絡ませたまま、ぼそりと反町が呟いた。
「はー? 食いませんよ、んなマズそうなモン」
「うまそうだったら食うのか、お前は」
「食えるんだったら取り敢えず食ってみますね。だって、判んないじゃないすか、凄ぇヒットだったりするかもしんないし。食わないどいて、あとで他のヤツからうまかったとか聞いたらアッタマきそうだし」
 こーいうヤツが、きっと最初にナマコ食ってみる気になったんだぜ。反町に耳打ちされて、なるほどと若島津は納得した。常々不思議だったんだよね、誰がまず最初にあれを「食い物」だと認知したのか。何にせよ、そいつがチャレンジャーだったことは疑いようがない。
「あと毒茸の選別だな。どれが食えてどれが食えないか、とにかく食ってみて試そう、みたいな?」
 笑いながら若島津が付け加えると、これには日向は憤慨と情けないのと半々といった顔をした。
「なんすか、それ。…ひっでーな、そこまで食い意地汚かないですよ」
「いやいいんじゃねえのー、うんうんFWには大事だね、そういう貪欲さは。それに比べて、やっぱ俺はスマート過ぎるっちゅうの? 数少ない日向の美徳を、これはひとつ見習わせて頂いてだね…」
「反町、お前も勝手に言ってろ」
 ビシャッと台詞を叩き付け、若島津はさっさと食後のコーヒーを自分用に頼んだ。皆様は?、的な目でちょび髭のウエイターが丸テーブルを見渡す。パスタと数人用のピザを一人でたいらげた筈の日向だったが、それでも躊躇するように若島津の食べ終わった皿と反町の皿とを見比べた。
「───いいよ、食べれば?」
 うーん、うーん、うーん、と親指についたチーズを舐めながら三回唸る。吹き出してしまった若島津に憮然とした視線をよこしたあと、日向は「ミックスピザお願いします」とウエイターに向いて早口で言った。
「どっしぇー」
「えー、カズさんだって一ヶくらい食うっしょ?」
「食ってやってもいいけどさあ…、オフ日にどうしてそれだけ入るんだよ?」
 オフったって朝の走り込みはやってるし、オレは競技場でなんも食ってねえし。スナックばりばり食ってたカズさんに比べりゃ健康的だと思うと、ぼそぼそ減らず口で応戦する。
 

 

 

 


前頁 ■ ■ ■ 次頁


NOVELS TOP