日向がこっちをどう思っているのか、イマイチ謎な部分は確かに残る。にしても、嫌われてはいないだろう。嫌ってる相手にホイホイくっついて来るタイプとも思えない。
 そーなんだよねー、第三者──この場合はほぼ反町を指す──がいれば普通なのに。向かい合うと、急にギクシャクしちゃうのが難点だ。
 なんでかな、と若島津は不思議になる。この坊やといると時々感じる変な違和感。そうだ、反町や他の人間に対する時と若島津に対する時と、どうも態度が違うのも気にかかる。無口ってだけじゃなくて、…緊張?
「───うわー、相変わらずキレーにしてんな。いつ客が来てもオッケーじゃん」
 靴を脱いで、人の住居へ上がりこむなりの反町の第一声に、どこと比べてんだよと若島津は眉をしかめた。
「お前を呼ぶために掃除したんじゃないのだけは確実だ」
「またまたー。…あ、判った。掃除しに来るオンナがいるな!、これは」
 ゴン、という音で振り向くと、日向がキッチンのドアの所で、自分の額を押さえていた。
「あ、えと、スンマセン」
「……。大丈夫か?」
「…え、はあ、足が、ちょっと滑って」
 あそ。足が滑って顔からドアに突っ込むもんかなとは思ったが、若島津も反町も深く追及はしなかった。そんな二人の視線を知ってか知らずか、脱いだスタジャンと帽子を片手に、日向はおたおたしたながら訊いてくる。
「あの、いいんですか、オレまで。着いて来ちゃってますけど、迷惑だったら…よく考えたら正月だし…」
「聞いたか、反町! この気の使いよう」
「うるさいねえ、一端上げといてうだうだ言うな! どうせ屠蘇もおせちも出ねえんだろっ」
 これは反町が正しい。普段料理は比較的自前でする若島津も、おせちまでは作らない。だいたい正月はそれなりに忙しい。忙しくいるために日々頑張ってるのだ。そうでなくても、おせちなんてせいぜいが実家に挨拶がてら、とんぼ帰りのおまけに食う程度だ。
 おまけにこのメンバーで、丁重におもてなしまでする気は若島津にだって毛頭ない。
「ついでに先に断っとくけどな、今ウチはろくな食い物ないぞ。練習開始日までマンション空けるつもりでいたんだから」
「あー…、やっぱ。彼女とデートとか」
 ここでポツンと言った日向に、若島津は思わずむせる。
「実家だよ、実家。こんな気ままな生活に付き合ってくれる女はまだ見つけてないよ」
「あれ、そうなん? 若島津モテんのになあ。じゃー、あれかい、みんなワンナイトのお相手かい」
 馬鹿抜かすなと反町を睨み、念のため、本気にするなよと日向に付け足す。何故か複雑な顔で日向は頷くと、まだ痛むのか、さっきぶつけた額をやたらとこすった。
 さて、リビングに通したらあとはクッション与えて、各々好きな位置に陣取って頂く。
 明日は俺らもオフだからと、反町は人の酒を勝手に持ち出しご機嫌だった。お初に訪問の日向などは、殆ど上の空で部屋の内装ばかりを眺めていた。
 酒はともかく、ツマミにしたって大したものは見つからない。ピーナッツなんかを適当に噛りながら、話題は自然と今日の試合及び、次のアジア予選・全日本の話に集中する。
「俺とお前はヨユーとして…、城山さんがお前んとこからは入るかな」
「んー、正直言って俺はどうかな。去年途中で故障入ったろ、あれがまだ響いてる感じが」
「たって、半年以上前だろ? …おい日向、お前はユース代表もう入ってんだよな? ───日向っ」
「ぅわ、はい!」
 隅で一人、さっきまでカパカパとXO(エックスオー)を空けてると思ったら、グラス片手にキッチンを覗き込んでいた日向は飛び上がった。
「さ来週から合宿…、違うな、あれ来週だっけか」
「大丈夫かあ?、お前。彼女んちに初めて来た高校生じゃねーんだから。ウロチョロすんな、もうちょっと落ち着いてろ」
 カーッとそこで赤くなって、彼は何やら口の中だけで反論していた。こちらも赤くなった反町に(ちなみにこっちは酒気帯びのため)うるせぇとクッションを投げつけられる。
 動物と一緒で、知らない場所って苦手なのかしらん。若島津が少々アホなことを考えていると、その内、ついに日向は廊下に消えて帰って来なくなる。
 五分、か十分は経ったろうか。
 トイレにしちゃ随分長い。
 ほっとけばと言う反町を置いて、若島津は追って廊下に顔を出してみた。探すまでもなく、すりガラス入り扉の向こうの陰辺りで、日向は壁に肩を半分預けて立っていた。うつむけた顔の口元は、片手で覆うように押さえられている。
「日向?」
 勝手にこいつが呑んでたにしろ、一応は心配になって隣から覗き込む。その若島津へ、日向は顔は上げずに横目のきつい視線をチラッとよこした。
「……すいません。ちょっとオレ…」
「大丈夫か? 酔っただけならいいけどさ」
 あ、これ。この違和感。
 身構えて、視線を鋭くとがらせて。雰囲気が急に変わる、それに今は試合中に見る荒々しさまで片鱗を覗かせている。心臓に悪い眼だ。このせいで若島津はずっと日向という選手を誤解してたわけなんだけど。
 幸い(?)、今は互いに酒が入って、きっと前よりくつろいだムードだろう。シーズンオフというのもあるかもしれない。訊くなら、これがいい機会だという気が若島津はした。
「日向、あのさ…ひょっとして俺といると緊張してるか? いや今だけじゃなくていつもの話」
「し、……っ」
 日向は突然せき込み、バッと頭を振り上げた。
「してる、かも。してるかな、してますよね」
「なんで。獲って喰やしないぞ」
 ───なんで。
 若島津の言葉を一度咀嚼するように呟き、日向はずるずると壁に添って座り込んだ。立てた膝に頭を乗せて、息詰まるような沈黙を数瞬かもす。
 と思ったら、今度はけらけらと笑い出した。あきませんわ、こいつは完璧に酔っ払ってます。

 

 

 


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