結局、と言うかやっぱり、その後は膝が笑いまくって一人ではバスタブから上がれなかった。ぼやけた頭でベッドルームに引きずり込まれ、日向主導でもう一度抱き合ったのもご愛嬌。本音では眠らせて欲しかったが、逆らう努力も放棄するほどぶっ飛んでいた。
 伸びて(若島津の感覚としてはまさにそれが正しい)次に意識がハッキリしたのは、ドライヤーの風を頬に感じてだった。
「──…?」
「あ、ごめん。起きちゃった? 乾かしとかねーと風邪引くかと思って」
 後ろから膝に抱えられる形で、日向の肩口に頭をもたれさせて温風を受けている。体勢を認識したら、つい独り言みたいなぼやきが口をついた。
「なんだかなあ…」
「なんだよ」
 マメだよな、こいつ。異常なまでに。
 いいよ自分でやるよと言ったら拒否された。それによく考えると、手も足も指の一本さえ動かすのが面倒だった。仕方なく日向の好きにさせておく。
 その内、完全に乾かし終わったようで、日向はくるくるとコードを巻いてドライヤーを脇に置いた。また眠気の波に沈みかけていた若島津は、シーツの上に横たえられた時に、自分はともかく日向もまだろくに服を着ていないのに初めて気付いた。
「その辺りに…」
「ん?」
「その辺りの引き出しに、新しいパジャマ入ってるぞ…。貰いモンで封も開けてない。やるから着ろよ」
「心配しなくっても、別にもう襲わねえよ」
 そうじゃない。そっちが風邪引かないかと気遣っただけだ。
 億劫ながら若島津が反論すると、「なら、温度上げるよ」と日向はリモコンを取り、天井のエアコン温度を設定し直した。
「…こら、横着するな」
「もうちょっとさ、くっついてたいんだよ。服越しにじゃなくって。……いいだろ?」
 絨毯に膝を付き、寝そべる若島津と同じ位置にまで視線を落として最後は囁く。苦笑で若島津は聞き流した。アホらしい、急に可愛くなりやがって。さっきまではオスのケダモノだったのに。
「しかし、我ながら……」
 頬をさする手に任せたまま、自嘲ぎみに言葉がこぼれる。
 我ながら、本日は凄まじい狂乱ぶりと言わねばなるまい。あまりに飛びすぎていて、もう頭の中ではすっかり他人で、恥ずかしいより呆れる気持ちの方が強かった。
「あんた、どこまで覚えてんの? ってゆーかさ、どこから正気だったわけ?」
 正気か正気じゃないかの問題だけで言うのなら、祝勝会の会場から、いや勝利が決まったフィールドでのあの瞬間からだったような気がしないでもない。自分の一番大きな関心事が片付いた瞬間から、我慢していたもう一つが、どっと堰を切り溢れ出してきていたような。
「そう、…酔ってる自覚があったのは風呂場まで」
「あとは?」
「あとは──別の意味で覚えてない」
 酔いは醒めてたんだと思うんだけどね。風呂場であれだけ汗かいてれば。
 日向がふうぅ、と絨毯に向かって感慨深くため息をついた。なんだ?、と目線だけで尋ねると、しみじみといった調子で呟かれた台詞は、
「…カワイかった……」
 若島津は全気力を振り絞って、日向の横ッツラを張り飛ばしていた。
「何すんだよッ!」
「この大たわけッ」
 そこで気力も体力も費えて、肩を引き上げていた肘がシーツにこける。慌てて伸ばされた日向の腕を、振り払う力も残っていない。
「本気で殴ることないだろー!」
 何が本気だ、感謝しろ。この状態では、普段の3分の1の威力も出せなかったに違いない。その証拠に日向の顔には痕も残っていない。
「あー…、あーと。分かった。訂正する! 全部が全部カワイイってのより、ええと何だろ、…キレイ、って感じの方が近かったかも。とにかくすっごく、気持ち良かった! って、あれ、これじゃオレの感想であんたの形容じゃねえよな? …あれ?」
 ───もー、黙ってろ。
 それこそ蹴倒したい衝動に駆られたが、いかんせん今の若島津にはどう考えても無理だった。毒づく気にすらなれなかった。
 シーツに戻され、くたりと枕に埋まってしまった若島津の髪を、ごめんな、と言って日向の指が優しく梳いた。
「……。分かってないくせしやがって。一体何に対して詫び入れてんだか…」
「うん…。あんた、疲れてるの知ってんのにさ。途中からネを上げてたのに、オレ、止めらんなくて」
 ベッドに来てからの記憶は曖昧で、どの程度に自分が『ネを上げて』いたのかは幸いにして覚えていない。かろうじて「イヤだ」とか何とか、かなりの回数口走った覚えだけはあったが、何が「イヤ」だったのかが朧気とゆーか。
 思い出さないでおこう。さっきの日向の台詞が耳にリフレインしそうになって、若島津は胸の奥で堅く誓った。
「まあ、そこに関しては──…今日のは俺が誘ったんだしな」
 気にするな、と掠れた声と一緒に漏れるのは深いため息。
 始まっちゃったら、日向が止まらなくなるのなんか元々知ってる。フィールドでさえ彼はそうなのだ。いつも激突覚悟で突っ込んでくる。Jチーム中、誰のチャージが嫌ってこいつのが一番嫌だ。
 それを知ってて自分から仕掛けたことなら、責任の比重はこちらが重い。でなくっても、
「──どだい、二十歳そこそこのフィールダーの体力に着いてくのも無茶だしな……」
「そんなに無茶かな」

 

 


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