反町も以前に言っていた。お前ンとこの今年の新人FW、ちょっと日向とタイプがダブらねぇか、と。その時、若島津は笑って答えたのだ。そうだな、良くも悪くも日向ほどに押しが強くもないけどな。
 サッカー番組でも、デビューしたての彼と日向を比べるコメントは多かった。日向ももう新人の歳じゃない。追われる立場にポジションを替えた。そんな感傷半分、どうしてもあのルーキー君に、自分が甘い視線になるのは気付いていた。それを遠目に日向が苦々しく感じることも。
 日向、お前知らないだろう? あのテのお子様、俺はずっとキライなタイプに分類してたよ。他人の気持ちをうまく察せず、苛々するだけのガキなんて。
「似てるよ。強引なプレー、体力勝負、駆け引きというよりカンだけで動いて…」
「黙ってろよ」
「ああ、サイドチェンジのタイミングも似てるかな。あと、ちょっと優しい言葉をかけてやると犬みたいになついてくるのも。図体デカいくせに叱られるとしょげかえって、……」
「黙れってば…ッ!」
 そんなのが全部可愛くてしょうがない。自分の衝動に鼻ヅラ引きずり回されてキリキリしている様子も、全部、誰かを思い出させて。
 独占欲を感じるとしたら、逆説かもしれないが若島津にとってはこんな時だ。日向の視線が自分より他にあるのが、爆発的に許せない気分が駆け上がる。振り回してやりたいと、押さえつけた筈の燠火みたいなものが胸にくすぶる。
 だって不公平だろ。俺だけこんなに振り回されて、かき回されてばっかりいるってのは。
 ───胸に消えない痛みを刻まれるのは。
 
 日向の足はもう両方ともバスタブの中だった。腿まで湯に浸かって、若島津の身体に覆いかぶさる。正面から、耳の下をさぐるように指を差し入れられ、若島津はわざと顎を上げてまたキスを誘った。
 4度目。だけど今までの中で1番長いキス。喉を鳴らして日向が離れる瞬間、狙って悪戯に日向の下唇を噛む。大して強い力でもなかったが、日向は「イテッ」っと叫んで頭を起こした。
「日向、一つ断っとくけど俺はかなり酔ってるんだよ」
「だろうな」
「だから正直、セックスするには感覚が鈍ってるかも」
「牽制のつもりで言ってんだったら遅いぜ、それ」
 まさか、と若島津は苦笑した。ここまで自分でしといて、牽制なんて気は更々ない。ただ馬鹿正直に自己申告してみただけだ。楽しいのは俺だけになるかもしれないぜ、と。
「………。あんた、実はかなりセーカク悪いよな。その顔でみんな騙されてると思うけど」
「よく言われるよ」
「カズさん辺りに?」
「そう。…高校時代の友達には特に。親しい奴は大体そんな言い方するな。…それからウチのディフェンス陣と…」
「───俺とこーいうことしてる時に、他人の話なんかしてんなよ!」
 お前がさせてるんじゃないか、という言葉は言えなかった。日向が乱暴に若島津の下肢に手を伸ばしたせいだ。快感よりとっさに衝撃だけで奥歯を噛む。
「…ッ、」
「…俺だけ見て。俺のことだけ考えてて。今だけでいいから」
 いつも見てるじゃないか。気を抜いたら、俺はお前だけで頭がいっぱいだ。自覚したら自分でうんざりするくらいに。
 日向が少しナーバスになっている時はすぐ分かる。やたらと若島津の傷に触りたがる。こめかみ、額、瞼のすぐ上、膝の手術痕、それから胸の下にある大きな引き攣れ。
 我ながら満身創痍で、普段は目立たなくても体温が上がると微かに浮き上がるそれらを、彼は自分の痛みをこらえるような表情で一つ一つ辿っていく。
 シーズン・ラスト3試合、日向はスタメン出場していなかった。
 原因は離断性骨軟骨炎。俗に「関節ねずみ」と言われる、足や腕の関節の軟骨が剥離する症状で、日向の場合は左足首の軟骨に症状が出た。遊離軟骨が皮膚の下で動き回るまでいったら相当末期だ。完治には遅かれ早かれ手術が必要となるだろう。
 スポーツ選手にはよく聞く傷害だが、日向が自分で言い出すまで、若島津はまったく気付いていなかった。
 痛いかったろう、と顔をしかめて思わず漏らすと、そうでもない、ブロック注射してたからな、とこともなげに言われた。中学時代から膝も障害抱えている日向にしたら、慣れたものだといった調子だったが、それがいつからだったのかは若島津には怖くて訊けない。
 強情者なのはお互いさまだ。弱味なんか知られたくない。だが、シーズン終了を待たずに控えベンチに回った日向を見て、症状が悪化したのは明らかだった。その直後から押し掛けて来なくなり、電話の一本も寄越さなくなった。
 会いたいなんて、間近で顔が見られなくて不安だなんて、自分から言うのは死んでも嫌だ。そんな真似をするくらいなら舌を噛んだ方がマシだ。
 自分が折れるより、日向を煽る方がよっぽど簡単。こんな慣れない流し目一つで、たやすく操れる彼の激情───。
「ジーンズで無くてよかったな…」
「さっきから、何だよそれ」
「あれは濡れたら脱がせにくい」
 日向のベルトの留め金に伸ばした指に、本気で彼が怯んだのが伝わった。
「マジかよ」
「マジ」
 押さえるように、絡んだ指先で阻まれる。
「…あのさ。知ってんだろうけど、俺、脱がすのは好きでも脱がされるのはあんまり好みじゃないんだ」
「うん。知ってる」
 くすくす笑って指を払い、強引に金具を外してチャックを下ろす。おいっ、と叫んで日向が息を詰める。
「……っ、酒、入ってこんなんなるなら…、あんた、普段飲まないで正解だよ…!」
「今日は特別。……悪戯したい…」
 まだ、どこかでセーブしている日向を煽りまくって、この胸の燠火を移したい。若島津が嫌がれば嫌がるほど、いつもしつこくベッドで絡む日向の気持ちが、なんとなく今日だけは分かる気がした。
 同じ温度にまで混ざり合いたい。
「…くそっ」
 こらえきれなくなった日向が、随分と手荒く若島津の肩を押さえ付けた。突然のそれにバスタブの中の腰が滑って、おかげで鼻先まで湯にもぐってしまう。
「待っ、ちょ…っ!」
 すくい出されても咳込みが止まらない。さすがに慌てて、日向は若島津の濡れた顔を両手で包んだ。
「ごめんっ!」
「気管にっ、思いきり、入ったぞバカ」
 これはわざとでなく涙目になる。その頬に自分の鼻先をこすりつけるようにして、日向はようやく、あの子供みたいな笑顔を見せた。
「良かった。いつものあんただ」
「…ご不満?」
「そうじゃなくてさ、今日、何だかメチャクチャ色っぽいから。怖くなってた」
「取って喰いやしないぞ」
「あんたがじゃないよ。───俺が。ひどいことしそうで」
 怖いよ、ちょっと。
 至近距離で隠すように伏せた視線が、寸前、また肉食獣のそれに戻っていて、若島津は身体の芯から痺れそうになった。
 カンペキに俺もマゾだな、とちらりと思った。喰われる快楽を知っている。アルコールのせいにして理性の箍を外せば、こんなにも容易に溺れられるなんて、もしかして自分の性癖の中でも新たな発見だ──…。




※※※

この先2ページ分、パスワード制限をかけさせて頂きます。(でも期待して頂くほど大したモノじゃないです・泣) 
一応、18禁というか、パスワードの意味をクリア出来る方に限ります。なお、飛ばして読んでもストーリー的にはなんら問題ありません。

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パスワードは「お誕生日二人分・数字8桁」です。(このヒントでどうしても分からない場合はメールか「ご挨拶」ページの送信フォームにて、その旨お問い合わせ下さい。もうちょっとあからさまなヒントをお伝えします…)

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