「───それ、あんたが言うと素直すぎてウソくさいよ」
 どうしろって言うんだ。嫌がってみせた方がこいつには効果的かなとは思いつつ、ノリで日向の背に滑らせた爪を思いきり立てる。
「イッ」
「これ、以上、焦らせる気なら、…ッ、…俺にだって考えがあるからな…」
「そう?」
 信じてない口調に余計にムカついて、若島津は出来る限りに声を濡らせ、日向の耳許で呟いた。
「──…乗るぞ」
「……エ?!」
 日向が唖然として叫んだ隙に、ほとんど突き飛ばす勢いで体勢を入れ替える。
 突然のその動きに対応出来ず、日向は滑って、一度頭まで深々と中に沈んだ。飲み込んでしまった湯を吐き出しながら、さっきの若島津がしていたように、必死で逆手にバスタブの縁を掴んで身体を引き起こす。
「ひでェッ!、…え、ちょっと、えェ?!」
 こっちは全裸なんだから簡単だ。湯の浮力も幸いする。
 完全に悪ノリ状態で、若島津は下唇をこれ見よがしに舌でなぞった。それから意識した視線で日向を流し見ると、自分から日向の上にのしかかる。
「──く、」
 微かに呻いた彼の声を耳にして、ざまァみろと言いたくなる。奇妙な優越感が嵐のような昂揚を身の内に呼んだ。
 だが余裕のなさで言ったら実はこちらも勝てたもんじゃない。焦らされ、慣らされ続けた身体でも、さすがにキツくて眉根が寄った。
 心臓の、音が。───こめかみまで届いて、爆発しそうだ。
「ウッソ…だろう…っ」
 絞り出すように半ば日向が叫ぶ。こらえるつもりか、腹筋に力を入れられて、若島津の方も無意識に腰がよじれた。
 ───お前、馬鹿だな。
 本気さ、俺は。いつだって。人より大分素直じゃないセーカクしてるっていうだけで。
「あ、…ふ」
 震えてきそうな腕を片方、横の壁のタイルに突っ張ったが、蒸気で濡れた感触にずるりと落ちた。迷って、バスタブに伸ばしかけたその腕は、手首から掴まれて緩く日向の肩に回される。
「…ここ」
「ン……っ」
 前屈みになりかけ、自分で起こした刺激にまた声がこぼれた。息を詰めてしまうのを何とか整えようと、浅い呼吸を懸命に繰り返す。
「…すげえ……死にそう…」
 やっと互いに落ち着いてきた頃、日向が下から呟いた。からかうようでも煽るようでもなく、あんまりにそれが真正直な響きを帯びていたので、若島津はツラいながら口の端で笑ってしまった。
「こんなん…で死んだら、えらいゴシップだ…」
「…サイッテーに、サイコー、だよ。でもまだ、もったいなくて、死んでなんかいらんねぇかも」
 左手は自分の身体を支えるために離せなくて、右手だけで日向が腰に手を伸ばしてくる。言わんとするところは伝わったが、もう少し、と囁いて若島津は首を振った。
「ツラい…。もう少し、待てって…」
「待てない」
「バ、……っ」
「──ここで、待てる男なんかいないだろ」
 なぁ、動いて、と声を落として促される。
 若島津の好きなトーンだ。ベッドの中で、身体の一番深いところで繋がりながら、何度も耳にしたことのある彼の声。細胞の隅々にまで染み込んでいて、条件反射でそれだけで極まってしまいそうな、その声。
 ゾクリとして、若島津は日向の顔を見下ろした。もう意識しなくても目の色は陶酔しまくっていただろう。
 何かを手放しにした開放感に煽られて、ゆっくり、自分の身体が揺れていく。操っているのは頭ではなく、感覚、情動、欲情、そんな名前の断片的で刹那的な、意識の外側で働く部分。
「ア、あ……ふっ」
 死にそう。
 含んでいた日向の部分が、一層に力を得るのが感じられた。快楽は背骨を軋むように這い上がり、若島津の頭の芯まで侵食していく。何を口走るか分からない怖さに、夢中で前のめりになってキスをねだった。なのに浅い口付けだけで押し戻される。違う、と頭を振って泣きながら訴える。違う。もっと。
 怖いから。
 タイルにやけに大きく自分の声が反響した。それさえ互いの熱を煽る手伝いにしかならなかった。蒸気とも汗とも涙とも分からないもので頬を濡らせて、ただひたすら自分と相手の快楽のために持てる全てを行使する。
「──…く、してよ」
 甘く掠れた、哀訴に似たものが耳に吹き込まれる。最初は単語がうまく形になって掴めない。瞳をそちらに向ける努力も、視界が霞んでいては意味がなかった。
 宥めるように、辛抱強く、日向は同じ言葉を繰り返した。
「約束、して」
「なに、を…?」
「オレ以外のヤツにそんな顔しないって。…オレ以外に、絶対、そんな顔を見せちゃダメだ」
 あり得ない、そう口に出して言いたかった。あり得ないさ、お前にだから俺はこんな馬鹿をやってみせるんだ。──お前の馬鹿さ加減にアテられて。
 でも余裕も気力もとうに持ち合わせが尽きていて、若島津は震えながら頷くことしか出来なかった。その顎を掴んで日向が引き寄せる。
「絶対だぜ」
「う…、ん」
「ちゃんと、言って」
「…ゼッタイ。ンっ、…やくそく、する」
「───じゃ、ご褒美」
 悲鳴になりそうな声は噛み殺す。唇に今はそれよりキスが欲しい。
 
 溶け出しそうに甘いキスが。



 
 

 
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