───そんなわけは無いのに、何時間もそうしていた気がする。
唐突に響いてきた雑音に、日向はまた意識を失いかけていたせいで飛び上がりそうになった。それは、緊急回路をオープンのままにしておいたコミュニケーターが、入ってきた通信をついに拾った音だった。
立ち上がることが出来ないまま、手さぐりで壁の頭の上辺りにある送話器を探す。しばらくして、やっと指先がひっかかった。反動で受け口から外れ、肩にぶつかるようにして送話器が落ちてくる。やはり苦労したあげくに、日向は何とかそれをたぐり寄せた。
もしもし、と雑音と一緒に上部スピーカーから声が聞こえてくる。思わず日向は笑いだしそうになった。おい、この状況で「もしもし」は無いだろう。
応えるタイミングを逃していると、もう一度焦った調子で声が繰り返される。もしもし、そちらに生存者は居ますか、もしもし?
居ます、と日向は口を動かした。思ったより、その自分の声が掠れて小さかったのにまず驚いた。唇を噛み、今度はもう少し腹に力を入れて言う。居ます、こちらD-4隔壁内部、どうぞ。
確認します、そちらD-4隔壁内部、どうぞ。
状況は、と先に尋ねる。状況は判りますか。そこはどこですか。救助活動はどのようにして行なわれていますか。
落ち着いて下さい、とオペレーターは言う。落ち着いてるさ、くそ。舌打ちして日向は壁に頭を押し付けた。
とにかく状況が知りたいんだ、こっちは負傷して動けないんだよ。
雑音混じり、時折途切れがちな通信音に、不思議なものだが何も聞こえなかった時より不安に襲われそうになる。相手のせいでないのは判っているのに、日向は攻撃的な口調になる自分にもう一度舌を打った。非常ボックスの酸素ボンベが不良品だったことを更に告げると、相手の声もいくらか早口になった。
外部からの救出は既に手配されたこと、ただ待っているしか日向には出来ないこと。ありきたりの気休めの科白を添えて、オペレーターの言う要点はこの二つに絞られた。
───既に手配された。
瞬間的に、その言葉の意味を忠実に日向は汲み取っていた。つまりまだ、
救出は始まっていないわけだ。
唾を飲み込もうとしたが、口の中はカラカラに乾いて水分のカケラも無かった。日向は一度目を閉じてから、部屋の内部を見渡した。
小さな四角の避難ルート。本来なら二重隔壁になっていて、どこかへ通路が繋っていたのだろう。当初の設計では守られていたはずだが、補造改造を重ねたあげくに、その規定はうやむやに葬られてしまっていた。非常ボックスの点検不備からでも、カンパニーのその杜撰な体質は窺えた。
そっちにここの救助用・基本設計概要があるのなら、と日向は送話器に掠れた息で言葉を吹き込んだ。D-4隔壁内部に、どこから酸素が供給されているか判りますか、どうぞ。
オペレーターは素早く日向の意図を察して、大丈夫です、と強い調子で返して寄越した。言ってしまえば、それはあまりに早過ぎる返答だった。日向は同じことをもう一度繰り返さねばならなかった。酸素は持続的に供給されているんですか、どうぞ。
今度は答えが返ってくるのが遅かった。大丈夫です、環境システムの構造上……。
待ってくれ。ウソをつけよ、と胸の内で吐き捨てる。それから反町に小さく謝罪したあと、日向は彼の所属と肩書きを自分のものとして手短かに名乗った。こっちは専門家なんだ、だから気休めは結構です。普通、このタイプの小部屋に供給システムは配設されて無いものだろう?、どうぞ。
目につくダクトが無いことや、オペレーターの様子から、殆どフェイクに近い質問だった。だがこれはすぐに日向の中で確信に変わった。
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