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読後メモ index

2006.082006.10

日記の フリ 日記というよりは、気になったこと、興味のあることを忘れないようにメモしてる、ってほうが正しいので「フリ」。

日付ごとにアンカー付けています。

e.g. http://www5a.biglobe.ne.jp/~nanatsu/diary0609.html#yyyymmdd


2006年9月

その他


9/29 (金)
すげさわかよ『東京プチ・トラベル』祥伝社。 こういうイラストと文字でかわいらしく街案内をした本は多いし、雰囲気も似ている。でも、惹かれる。こういうふうに自分の記録をつづれたらさぞかし楽しい だろうなあといつも思う。文字を読むより頭に入りにくくて、まだ表面をなぞっただけ。イラスト+文字は意外に疲れる。
渡辺有子『普段の器』主婦と生活社。 れんこんのマリネと、たこのトマト煮を作った。
久しぶりに悩みを持っている。「なにか悩んでいることがあるか?」と聞かれたら「うーん、まあねえ」という程度でもあり、かつ、占い師に「どうでしょう」 と聞いてみたい程度でもある。悩みを人に話すことというのは、その行為自体が面倒で、いいや、と思う。苦しすぎて誰かに言わずにはいられないときもあるけ れど、たいていの悩みはその程度だ。

9/27 (水)
堀淳一『地図の科学』講談社ブルーバックス。 地図帳を広げ る機会はほとんどなくなった。思い出す地図帳は小中学生のときに使っていた地図帳だけど、そういえば、いろいろな色が印象に残っている。凡例ごとの色分け や、そのあらわしかたが、地図の善し悪しを決めたりする重要な要因なのだとわかって面白かった。頭も使うし、工夫のしがいのある箇所なんだなあ。地図デザ インという分野もあるのかな。

9/25(月)
桐野夏生『魂萌え!』毎日新聞社。60 歳目前、突然夫を亡くした59歳の女性が主人公。夫が死んでしまったことで、彼女の世界の窓が急に開けてしまった。自分で開くのではなく勝手に開く感じ。 終盤の彼女の吐露が良かったな。タイトルの「たまもえ」の意味は結局なんだろう??

9/23 (土)
友達と横浜で会った。シーバスに乗って中華街まで出て、景徳鎮というところで麻婆豆腐を食べた。本場の辛さと普通の辛さのがあって、本場のほうは激辛マー クがついていたのでちょっと迷った。でも、「普通のを選んだら悔しいよね」ってことで本場のほうを選ぶ。確かに辛いが、とがった辛さじゃない ので大丈夫だった。普通じゃなくて正解です。とてもおいしかった。
あと、お茶のおいしさが印象的だったのです。ジャスミン茶にしては色が濃いし、香りもほのかで上品。普通はもっと香りがキツイよね、などと話してて、やっ ぱり気になったの で帰り際にお店の人に尋ねたら、ジャスミン茶だとのことだった。
それで、二人ともジャスミン茶が欲しくなったので、お茶の専門店まで歩いてゆく。天仁茗茶というところ。ジャスミン茶は何種類かあって、一番安い 100g 630円 のを選んだ。小さめの急須で80℃のお湯、30 秒くらいで大丈夫、それで 4、5 回飲めるとのこと。お店の人が「冷たいウーロン茶をどうぞ」とすすめてくれた。それがまた香り高くて、ものすごくおいし かった。こんなふうに淹れられたら幸せだろうなあ。
モトヤデザート1の場所がなかなか見つけられなくて駅前のおまわりさんに聞いてしまった。
9/22 (金)
桐野夏生『アンボス・ムンドス』文藝春秋 を読み終わる。収録作品は「植林」「ルビー」「怪物たちの夜会」「愛ランド」「浮島の森」「毒童」「アンボス・ムンドス」。「愛ランド」は、とっても下品 で毒もたっぷりだけど印象が深かった。女の怖いところが出ていたからだと思う。不幸とかトラウマって、ひとりで抱えている分には軽いに越したことがないは ずなのに、人前でそのことを告白するときには、その業が深くて重いほうが“勝ち”なのよね。不思議なもんで。
9/20 (水)
昨日の虫って尺取り虫だったのかなあ。「尺取り虫」で検索すると大きい虫が出てきて。こういうのじゃないと思った。怖い画像が出たらと思うとクリックする 気持ちが起きないのでそれ以上調べがつかず。せいぜい 2cmあるかないかで、やたら細い(1〜2mmくらい?)虫。動きかたは尺取りだった。
きんもくせいの香りを強く感じた。昨日はそんなことなかった。

9/19 (火)
電車に乗って座って気づいた。鞄の端っこを尺取り虫(たぶん)が歩いてる! いったい、いつくっついちゃったんだろう。こんなに小さいんだ〜しましまがきれい…などと観察してる間にも着実にバッグの上を尺 取ってる。 定規を出して大きさを測りたかったが、ともかく、どこか安全な場所まで連れてかないといけない。仕方がないので、ティッシュで軽〜くくるんで、バッグの中 のミニバッグにふわっと入れておいた。が、気になる。ちょっと覗いてみたりすると、ティッシュの端からもう出てきてる! 息苦しくてもかわいそうだし、なかなか加減が難しい。何回か確認したり、包み直したりして、自分ちの駅まで連れくることができた。駅を降りて、植え込みの ところでティッシュを開くとちゃんと元気。家で飼いたいくらいかわいい。でもここまで。ピンと指ではじいた。ずいぶん遠くまで移動させてしまった。
大塚英志『初心者のための「文学」』角川書店 を読み終わる。扱った作品は以下10つ。
三島由紀夫『仮面の告白』
太宰治『女生徒』
井伏鱒二『黒い雨』
島尾敏雄『出発は遂に訪れず』
大岡昇平『野火』
李恢成『伽椰子のために』
安部公房 『箱男』
中野重治『村の家』
中上健次『十九歳の地図』
大江健三郎『芽むしり仔撃ち』
求めているものを得ようとした読書が、必ずしもその正しい答えを与えてくれるわけではない。むしろ、勘違いしてしまうことだってある。そんな罠に気づくた めの道しるべ。これもまた読みかたのひとつの例であって、そのとおりに読まなくてもいいのだろうけど、訴えたいことがある文章は強いと思う。たとえば、今 現在日本は「戦時下」であると言う著者は、戦時下に書かれた文学をとりあげて間違った絡めとられかたをしないように述べているが、さながら反戦のために書 いたようにも思えるくらい。
宮城県ショップで買った榮太楼の 生どら、おいしい。「栗」は、生クリームに栗のつぶつぶが入っている。実は、栗のお菓子はあまり好きではなくて、たとえば モンブランは絶対に選ばないケーキ。栗イコール甘すぎなイメージがある。でも、この生どらの栗は小さいのがつぶつぶ入っているくらいだから、甘ったるくな いし食感も楽しくていい。
そういえば先日、近所の肉屋さんで栗のコロッケも買いました。

9/17 (日)
池袋東武の伊東屋でKOKUYO展? みたいのをやっていて、キャンパスノートの変遷を見ることができて面白い。単 語帳が懐かしくて、A4の書類をA5にしてファイルできるクリアファイル(レ ペテ)とともに買った。アンケートに答えたらA7(!)のミニノートをもらった。
久しぶりにジュンク堂へ行った。いたらいたでそれなりに過ごせる。だけど、「こういう感じ」と頭で描いている本がどこの場所にあるのだか探してゆくのが面 倒に思うこともある。歩いて自分の目で見ないと見つけられないこともあるけれど、Amazon で芋づる式に探してゆく方法も効率が良くて好きなのだ。
結局、買ったのは2冊。
脇雅世『ちょっと自慢のパリごはん』集英社 be文庫亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟(1)』光 文社古典新訳文庫。光文社がこういうシリーズを出すのが面白いと思ったのと、カラマーゾフは岩波文庫で脱落しているため再挑戦した く。
久しぶりに珈琲亭でコーヒーを飲みたかったけど、雨降りであきらめた。かわりにヴィドフランスで休む。じつは、ここに来る楽しみがひとつある。お店の前に 紳士服の洋品店があって、そこの目の前に座って観察するのが面白いの。ちょっと昭和っぽさを残した「あなたのまちの洋品店」の雰囲気があって、正直、この 趣味はどうなのか、と思うような商品だし、売れているのか心配になるのに、お茶を飲んでいる短い時間にも人は立ち止まり時には買い物をしている。以前は照 明が少し暗かったのを明るめに直したら、以前より客の入りが良くなったような感じ。お店って面白い。
おしゃれイズムの間にはまさまれた資生堂のCMが素敵だった。失恋した女の子の表情が、淡い色調と心情をあらわす歌で控えめに、でも印象的に表現されてい る。企業CM? 「一瞬 も一生も美しく」。

9/16 (土)
池袋のマルハバというパキスタン料理屋さんで食事をした。日本人の客がほかにいないので少し緊張してしまった。そういう状態だと、「すみません。おじゃま します」的な気分になる。
ミックスグリルが1500円でいいのか? という量で驚く。ナンはもっちり系ではなくて、あっさりとしているので食事として食べるにはむしろ歓迎(食べきれなかったので持ち帰りにしてもらった)。 マトンマサラのカレーは、ちょっとショウガをきかせ過ぎてるように思う。でも、羊肉ってほんとにおいしいね、大好き。チャイが濃くて最初から甘さがついて いる。おいしかった。

9/14 (木)
まだ暑かったころ、外出しようと外へ出たら同じ棟に住んでいて良く会うおばあさん が帰ってきたところだった。「暑いですね」と言うと、「暑いのでお気をつけていってらっしゃい」とにっこりされた。その暑い日にこのことを書こうとして結 局書き忘れているうちに、こんなに寒くなってしまった。
夜 の暗さから図書館へ入るときには何も思わなかったのに、図書館から外へ出たとたん夜の暗さをひどくさみしく感じた。胸がわさわさする。「泣きたいくらい」 とはよく言ったもんだ。でも、さみしい苦しいとはいっても、もちろん泣かないし泣くことはできない。こんなふうに秋の夜がさみしくて嫌いな人は多いはず だ。どうやりすごしてるんだろう。
エッセンシャルのCMで、 毛先15cmがどーのこーの言っているのを「そんな長さねーよ」とか思いつつ、髪の毛を「すーっ」と言いながら梳いているシーンを一緒になって「すーっ」 と言いながらやるのが好きだ。

9/12 (火)
De quoi ont-ils besoin? / Qu'est-ce qu'ils ont besoin de faire?
《Je suis triste.》
《Vous avez besoin de thé. Vous avez besoin des amis. Vous avez besoin de vous coucher tôt.》
むかし、「どこでもいっしょ」で「悲しいときはなにをする?」と聞かれたときにも「お茶を飲む」って答えた。実際にはそうしているかというとそうしていな い。

9/10 (日)
渡辺武信『住まい方の実践』中公新書

現代の団欒とは、居間に集まっても、家族がそれぞれにテレ ビを見たり、夕刊を読んだ り、手紙を書いたり、宿題をやったりしている———というような、つまりは「皆が一緒に居 て別々のことをしている」 状態ではないか。そうしていて皆がそれぞれ、その状態に満足し、とくに出かけたいと思わなければ、それこそが団欒なのではなかろうか。pp.9-10

実家って、まさにこうだった。狭いながらも自分の部屋があって、でも、本を読んだりするのも手紙を書いたりするのも、自分の部屋から物を持ってきて居間で 行っていた。勉強と、内緒の話をするとき以外は。
この本の副題は「ある建築家の仕事を暮らし」。エッセイが半分くらいと、あとは著者自身の自宅をモノクロ写真付きで解説している。しかし、いわゆるインテ リア雑誌に載るような生活感のない空間ではなくて、生活感があって血の通った空間だなあというのが説明文を読んでますます感じられる。ホテルみたいな部屋 にはそりゃ憧れます。でも、やっぱり日々は生活であって煩雑さもある程度入ってきてしまうのは致し方ないんだよね。
9/9 (土)
アレクサンドル・ソクーロフ監督「太陽」(2005・露=伊=仏=スイス)。 (公式サイト
彼ほど孤独な人間はいないと思う。身の回りの世話をしてくれる人はいても、 彼の内部まで世話をしてくれる立場の人はいない。
彼がマッカーサーと話すときに、天皇として話すときには 主語を The emperor とし、個人的なことを話すときには I を使っていた。役割としての生活と個人としての生活を分けて送る人たちであったとしても(たとえば議員?)、主語の使い分けまでしなきゃいけない人な んて他に思いつかない。
彼は天皇をあくまでも「役割」の一つとして考えていたことの意思表示だろうし、それ以上(つまり、もっと、きっぱり、分けたい)とも言える。
また、このことが映画の中でなされたことによって、「天皇」という伝えにくい概念が、この映画をみた他国の人にいくらかでも理解を与える一助となったので はないかとも思った。
私にとっての天皇は、エンペラーって訳されるとなんか違う、でも王様でもなくて、やっぱりちょっと神様に“近い”、でも神様とい う言葉は強すぎるし、信仰の対象ではないし、敬っているわけでもない。こういうメンタリティがどうして私の中にあるのかは、自分 でよくわからない。
そして、こういうふうに自分ノメンタリティを話すことに、なんとなくの不安やおぼつかなさ、試されている恐怖感をどこかで感じてしまう。

9/8 (金)
昨日買った、メゾンカイザーのエクメックは、はちみつのほのかな風味が感じられる優しい味のパンだった。なんにもつけなくて充分おいしい。つけないほうが おいしい。コーヒ−よりも紅茶が似合う感じ。期間限定の栗風味のパンもおいしかった。

9/7 (木)
西川美和監督「ゆれる」(2006・日本)。 (公式サイト
「ゆれる」とはまた象徴的なタイトル。橋はゆれるし、事件も感情も、つまりはこの映画の中の人たちも映画をみた私もゆれました。動きのないところでは、も のは見えやすい。でも、動きのあるところでは、いろいろなものが見えにくくなる。
事 件が起きたことは事実。しかし、その真相は私たちに見えない。たとえば、弟が見たという光景が提示されない。事件の真相のみならず、登場人物たちの本音も 見えない。だから、彼らに感情の発露があるたびに「本当はそうだったんだ?」と振り回されてしまう。彼らは自分の気持ちを話しているようでいて実は相手を さぐって読もうとしている。それなのに、お互いそこを突くことはなく、はぐらかしたり言葉を飲み込んだりしてしまっている。言葉を信じていないように見え る。結局、最後の最後までやっぱり「本当」はわからない。彼ら同士にわからないことが私たちにわかりっこない。
兄・香川照之の法廷での振る舞いは まったく見事で、呼吸も荒く発言する彼を見ていたらこちらまで息が浅くなってきた。法廷で、弟が自分の見た「本当」を述べるシー ン。あれはすべてを敵に回し たようでいて、逆説的に兄を救ったように思える。それは私が、弟の「ほんとうの兄を取り戻したい」 という言葉を信じたからだし、その瞬間の兄 の謎めいた笑 みも満足そうに見えたからだ。
7年後のラストシーン。 やっぱりどうなったか見せてくれない。といっても、これら数々の「わからないこと」がこの映画の中では魅力になっているから面白いのだ。

新宿は久しぶり。新宿の無印がきょうからリニューアルオープンしていた。伊勢丹の地下を歩いていると、パンの名前にトルコ語を使っているパン屋さんがあっ て驚く。メゾンカイザー。 その名もトルコ語で「パン」を意味する「エクメック」を買った。店員さんがなんとなく投げやりな感じなのが怖かった……。
Sadaharu Aoki も入っていた。細長い生ケーキ類は600円台。時間の関係で生ケーキは無理なので、焼き菓子を4種類買った。

9/6 (水)
映画2本立てに行くつもりだった。しかしやたら眠いので、池袋駅まで眠らずに行けたらそのまま行こうと決めて座ったら寝てしまったのでやめにした。
身近ではやっている性格診断。 INTJだった。4つの分類をそれぞれ二者択一すれば、そうなるなという感じ。

9/5 (火)
渡辺武信『住まい方の演出』中公新書。 ドア、階段、家具など暮らしの中にあたりまえにあるものについて、日本の暮らしのなかではどう取り入れると快適か提案している。ときに欧米のそれと比べる のだけど、漠然とした比べかたではなくて、映画の中のシーンからふんだんに例をひいているのが楽しい。とくに、鍵についての章での「アパートの鍵貸し ます」についての考察に感心した。

9/4 (月)
桐野夏生『I'm sorry,mama.』集英社。桐 野夏生の作品の中ではそれほど重くなく感じたのは、慣れなのだろうか、数行で片付く殺人描写(しかし複数回!)のせいだろうか。主人公に関わってくる人た ちもクセのある人たちばっかり。ただ、アイ子が彼らに対してあまりにもあっさり殺人をすませてしまうので、一対一でじっくりいやらしく濃く対決するほうが 見たいなあとも思った。
生 協で、さんまを買った。頭と内蔵をのぞいて半分に切るところまで処理されている。内蔵食べないなんて〜という意見もごもっとも。でも、正直、焼きやすかっ たし食べやすい。味は思っていた以上に油がよくのっててとってもおいしかった。大根おろしも今までは興味がなかったけれど、ちゃんとおいしいと思えた。
9/2 (土)
堀井和子『こんなふうに食べるのが好き』アスコム。 いわゆる“ほっこり系”の人たちに人気のある雑貨などがわか る。素敵なものもたしかにある。でもなぜだろう、なんとなく、窮屈。
近所のスーパーでは会員カードを発行しており、持っている人は持っている。出さない人にはレジの人が念のため確認をしています。50歳くらいの男の人が、 レジの人に「カードはお持ちですか」と聞かれて、「ない」と答えていた。もうちょっと答えようがないもんかと思った。家じゃないんだからさあ。ですますで 聞かれてるなら、ですますで答えればいいのに、と。
最近、行くようになった内科医院は年齢層がすんごく高くて、どうやら常連率も高い。結構わがままだったり、押しが強い人を見た。でも、対応する受付の人や 看護士さんたちもまったく負けてない。受付に「薬をくれ」と言うおじいさんに「一週間前に出しました」(でも、おじいさんは「もらってない」と力説してて 結局「調べます」と対応したあとに出していた)、薬の袋? をいちいち一つ一つ? 分けてほしい、と言ったおばあさんには「毎回ですか? 前回と1つ種類が増えただけですよ。こちらではそこまで対応できないので、自分で袋を持ってきてください」。こう文章にしてしまうと病院側の対応がキツそ うですが、どっちかというと患者側のわがままが強い感じなのよ。

9/1(金)
野村順一『色の秘密』文春文庫PLUS。色に関する 本らしく、冒頭のカラーページが目を惹 く。好きな色で性格や人との相性がわかったり、着ている服などが示すメッセージなどが載っていて、占いと似たようなものかもしれないけれど、やっぱり面白 い。本文を読み進んでいくと色彩が人体に及ぼす影響などが科学的にも述べられていき、やわらかい部分もかたい部分もバランスよく構成されていると思う。

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