トルコ日記18


3/20(月) フェティエ

18日は何をしたのかというと・・・土曜日には毎週バザールが出るということでそれを見たり、何かのんびりと過ごしました。本当はこの日にチェックアウトしても良かったんですが、なんだかメフメットもアリももう1日いることにしたというし、私としても先に出発しちゃうのはいやだったので19日に出発することにしました。19日も2人が夜行バスでチャナッカレにいくというので、私も夜行でフェティエ→デムレにいくことに決めました。やっぱり3日も一緒にいると情が移ってしまいます。離れがたくって。メフメットはパキスタンから入ってイラン、トルコそしてギリシャOUT。アリは25日にイスタンブールOUTということです。

(M−駒沢大学の今度3年で考古学を勉強しています。A−今度社会人になります)(ちなみにこの先登場のアフメットも含めてみんな日本人)

2人ともいい人です。気が合うというか、男女ということを考えずに一緒にいられたからとても良かった。アフメットという人が18日にチェックイン19日の夜にチェックアウトしました。が、19日4人で夕食を食べに行った時、私が一皿しか注文しないでぐずぐず食べていたら、アフメットは「どこか調子悪いの?」と聞きました。私が何となくお腹がすかないの、というと、お腹がすいてしょうがないという。と、いいつつ私がチョコレートプディングを注文して食べ始めました。するとアフメットが少しちょうだい、と言いました。私がスプーンこれでいいの、と言うと、構わないからちょっとここに載せて、と言う。載せるとアリがアフメットのスプーンから少し取って食べ、今度はメフメットが私に俺にも少し、と言う----こういうことができるとてもいい仲間でした。

19日は日本人で残っているのは、結局3人。結婚式に連れて行ってくれて一緒に踊ったり(花嫁さんの写真も撮った)公園のようなところへ行ってボール遊びしたり、アリ、メフメット、アイシェの名前で呼び合って「同志」という感じになっちゃいましたね。

いやー本当にイズミールの後にこんな楽しいことがあって良かったなあと思います。彼らは10:20PM、私は11:00PMのバス。別れがあわただしくって、ひとこと「写真送ってね」としか言えなかったけど、自然に握手を求めていました。メフメットは誕生日だということを知ると、私に握手してくれた。----というのは、私がペンションの女の子たちにそう言ったら彼女たちが祝福の挨拶をしてくれたのね。握手してほっぺたをくっつけるやつ。そしてメフメットにもやれって言うのよ。それで握手してくれたんだけどね。もう会えないのかと思うと何かさみしいなあ。そりゃあ会おうと思えば会えるけれど多分そういうことはないでしょう。ただ、写真の送りっこくらいはできるでしょう。今回の旅は魚座の人によく出会う。アリは山羊座。メフメットは3/2生まれ。21になったばかりの魚座。私もでもとうとう21になってしまいました。

20日の早朝6:00AM近くにフェティエに着いた。夜明けを見ることができて、まあそれはいいんだけども、とても小さなオトガル。8:30AMのバス、5000TLで買った。ところが7:20AMのがあった。すっごく失敗したー。おまけに1万TL渡したら、おつりくれないようになりそうになったから、「ちょっとなにやってんのよー。なに言ってんの。わかんないわよー」と日本語でまくしたてたらやーっとおつりくれた。フェティエからデムレまで4時間。ほんとかな。とにかく12:30PMには着くかな。ペンション探すのが大変そうだなあ。

以上は、8:00AMにオトガルにて書きました。果たしてこの続きはいかがなるものか。では。

12:00PM頃デムレに着いた。小さな街で騒がしい。バイクをみんな乗り回している。泊まる街じゃないな、と思ったが、チェックインしたあと。7500TL。仕方ない。明日の朝、なるべく早く出発しようと思う。アンタルヤってメフメットの言うように本当にいい所なのかな。3時間だから行ってみようか。

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