=「お金」について考える=

ベビーシッターの経済学

下記の「ベビーシッターの経済学」の文章は、伊藤元重氏「入門・経済学(第2版)」(日本評論社)の中の同名のコラムから引用しました。


ベビーシッターの経済学

 アメリカでは、夫婦で外出するときには、ベビーシッターを雇うことが多いようですが、ベビーシッターの質の問題等から、信頼のおける人の間でベビーシッターを互いに頼むことが少なくないようです。こうしたことから、ワシントンでもキャピタル・ヒルズ・ベビーシッター・クラブという会ができました。弁護士や官僚など、同じような職種の人がこの会に参加し、自分の子供のベビーシッターを仲間に頼むと同時に、自分もそうしたサービスを提供するのです。

 このクラブへの加入メンバーが増えるにつれて、ベビーシッターのサービスのやり取りを調整する必要が出てきました。そこでクラブでは、会員がベビーシットのサービスを提供するごとにチケットを出すことにしました。そのチケットを出せば、次は自分の子供のベビーシッターを頼めるのです。

 チケットと言う道具を用いることで、ベビーシットのサービスの需要と供給の調整がうまくいくはずでした。しかし、ここで一つ大きな問題が持ち上がりました。それは多くの会員がチケットを集めるために、ベビーシットのサービスを提供したがり、ベビーシットを頼む人が少ないと言う問題です。どの会員も大切なバーティーや仕事の時にベビーシットを頼めるように早いうちにチケットを貯めようとします。しかし、会員の多くがチケットを貯めようとするので、ベビーシットのサービスを提供しようとする会員はたくさんいるのですが、ベビーシッターを頼もうとする会員は少ししかいませんでした。ベビーシッターを頼もうとする会員が少ないので、ベビーシットをしようとする会員が多くいたとしても、マーケットが成立しません。

 つまり、需要不足が生じたのです。そのためにベビーシットをしたいという供給も実現せず、結局チケットも少ししか出回りません。その結果、チケットの希少性が更に高まり、チケットを持っている人もそれを大切なパーティーなどでどうしても使わなければならないときのために取っておいて、なかなか使おうとしません。また、チケットが欲しくてベビーシットをしようという人はたくさんいるのですが、需要がないためその供給意欲も実現にまで至りません。

 さて、このような需要不足はどのようにして解消することができるのでしょうか。解消法は意外と簡単でした。チケットを多めに発行して、あらかじめ会員に配っておくのです。チケットを配られた会員は手許に十分なチケットがあるので、ベビーシットのサービスを気軽に頼むようになります。そのような需要の増加によってクラブ全体のベビーシットのサービスの需要と供給が拡大することになるのです。

 このクラブの話はマクロ経済全体の需要と供給の問題を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。クラブが発行するチケットは貨幣と同じ機能を持っています。貨幣が不足している社会では需要が不足してしまいます。貨幣が十分に発行されることで初めて十分な需要が確保されることになったのです。

 クルーグマンはこの話を使って、需要不足に陥った経済について考えます。(もともとはスィーニー論文に依拠しています)需要を拡大する方法としては何があるのでしょうか。まず第一に考えられるのが財政政策です。減税によって消費や投資を刺激したり、公共投資を拡大する政策です。日本政府は、こうした財政による景気対策を繰り返し行ってきました。これらの政策はそれなりの需要喚起の効果があったという評価もありますが、現実には景気を十分に回復させるまでには至っていません。それどころか、そうした財政政策を続けるなかで政府の借金が増えつづけ、これ以上の積極的な財政政策は困難であると言う見方が次第に強くなってきました。

 クルーグマンが注目するのは、金融政策です。貨幣を大量に発行することで、経済の需要を喚起できないか考えたわけです。この政策提言は、うえで取り上げたベビーシットのクラブの話よりは複雑な問題を提起します。人々の物価上昇の期待、実質金利などの概念が出てくるからです。ただ、問題の本質的な点においてベビーシット・クラブの話は重要な意味を持っています。

 

以上 伊藤元重氏 テキストからの引用


このベビーシットのマーケットは、サービスの価格が市場原理に基づいて決定されるのではなく、クラブのルールによって「チケット1枚でベビーシット一回」と決められた「公定価格」であるところは市場経済の仕組みとは異なっているものの、今日の需要不足からくる不況を考察をする上でたいへん参考になると思います

=以下考察=

1.チケット制度を開始した当初は需要が不足していた。

将来使うためのチケットを確保しようとして、サービスを提供したがるものの、チケットを使いたがらない。つまり将来使うためのチケットが十分でないために、チケットの消費を抑制しようとしたわけです。つまり、「貯蓄不足が需要を減少させた。」訳です。これは年金制度などが不安なために消費を抑制し、貯蓄を図っている日本の消費者に重なります。

2.チケットをあらかじめ会員に配布しておいたら、需要不足が解消され、取引が活発化した。

メンバーのチケットの保有量が増えたことで、貯蓄不足が解消し、需要が適正化したと考えられます。この「あらかじめチケットを会員に配布した」と言うのは、「貨幣を印刷して国民に配る」こと(造幣益の活用)に通じるものがあると思われます。

3.あらかじめ配っておくチケットの量を過剰に多くしたらどうなるでしょうか?(条件を変えた思考シュミレーション)

(1)チケットをメンバーがあまりに多く保有すると、将来に対して安心感から、、チケットを獲得するための「サービスの提供(供給)」が減少するでしょう。つまり「過剰な貯蓄が供給を減少させる」ことにつながると思われます。そして、サービスの提供者が少なく、保有するチケットは十分に有り過ぎるために、「1回のサービス提供で2枚チケットを差し上げます。」などの取引条件が提示される場合も出てくるでしょう。「お金と経済」の章でも述べましたが、貨幣や財を過剰に貯蓄すると、貨幣や財はその価値を陳腐化または減少させることになります。

(2)(1)の思考実験の結果は、価格公定制度のもとであっても、需要と供給の極端なアンバランスがあると公定制度は機能せず、市場原理による価格調整から逃れることはできないことを示しています。


さて、「「お金」と経済」の章や、造幣益について考えた章、「ベビーシットの経済学」についての本章、等で「お金」と経済についての関係について考察をしてきましたが、つくづく、経済に対しての「お金」の関わり方が実体経済に大きな影響を及ぼすのだと言う事が読み取れてきたと思っています。

実体経済で行われる財の取引で「お金」が交換、獲得されていくことを考えると、「お金の状態」が実体経済に影響するだけではなくて、実体経済が「お金の有り様」に影響を与えると言った相互影響的な関係なのだと思っています。

 

今私は、日本の場合の様な「お金の状態」、つまり、マネーサプライ統計上はお金の量が増えつづけているものの、他方、銀行の不良債権処理が高いレベルで続いているような状況が、どういった「実体経済の反映」であり、またそういうお金の状況は実体経済にどういう影響を与えるのか考察しています。

「お金の成り立ち」 の章で紹介した「お金とは債権債務」という(仮の)定義からすると、銀行預金(統計上は「お金」)の裏側にある貸出債権が「債権放棄」や貸倒れなどでこの世から消えてなくなっている状況は、単純に「お金の量は増えている」とは解釈できないのではないでしょうか。そんな気がしています。「お金の状態」をマネーサプライ統計等だけではなく、もう少し多面的に捉える必要があるのではないかと感じています。


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