造幣益を行使するとインフレになると言われています。

その根拠となっている伝統的な理論の一つを理系の発想で検証してみます。


造幣益の行使はインフレを招くと言う伝統的な理論

※「入門・金融」(有斐閣)から引用しました。

・・・前略・・、以下のような

毎期の財の生産量が  で一定である経済を考えてみる。

毎期この経済の経済主体は、財を売却して貨幣を手にし、その貨幣を用いて次の期に財を購入するものとする。
このような制約はキャッシュインアドバンス制約と解釈される。

t−1期の財の価格をPt−1とすると、、yだけの財をt−1期に売却して手に入れる貨幣の量は、

    ・・・・・・@

である。このだけの貨幣が、民間経済主体によって t 期に持ち越されることになる。

この式で、このだけの貨幣は政府によって供給されているので、政府のコントロール化に有ると考えることができる。
したがって@式を

    ・・・・・A

と読み替えることができる。この式は、政府の t−1 期の貨幣供給が、の時にt−1 期の財の価格が となることを示している。

ここで政府が貨幣供給を毎期μの割合で増加させていくことを仮定する。つまり、

   ・・・・B

を仮定する。ここでA式を変形して、

を得るが、この式は 期でも成り立ち、また仮定により は毎期一定であるので、

 

となり、この式は、

と変形できる。B式を使って、

と計算でき、物価上昇率(インフレーション率)を で表すとすると、

  

つまり、物価上昇率は貨幣の増加率に等しいことが分かる。


さて、上記の説明は解り易かったでしょうか?私は最初に読んだときはなんとなく分かったような、少し納得のいかない所もあるような、そんな感じでした。さて、この伝統的理論を分かりやすく要約するとともに、以下理系の観点から検証してみます。


伝統的理論の再確認(要約)とその検証(1)

伝統的理論

段落

以下のような毎期の財の生産がyで一定である経済を考えてみる。毎期この経済の経済主体は、この財を売却して貨幣を手にし、その貨幣を用いて次の期に財を購入するものとする。

 t−1期の財の価格をPt−1とすると、、yだけの財をt−1期に売却して手に入れる貨幣の量は、

    ・・・・・・@

である。このだけの貨幣が、民間経済主体によって t 期に持ち越されることになる。
 

 

上記について検討

このだけの貨幣が、民間経済主体によって t 期に持ち越されることになる。 との記述があるが、この経済において、「t−1期以前からの持ち越しの貨幣があるのかどうか」、「この経済において経済主体が必要とする全ての財は yで全てなのか」、引用したテキストでは説明がなく、残念である。

読み進めていくと、どうも「 yは全ての生産活動 」、t−1期にはの貨幣しか存在しないことを仮定しているようです。(以前からの「持ち越し」「既存ストックとしての貨幣」は無いと言うこと)
 

 

伝統的理論

段落

この式で、このだけの貨幣は政府によって供給されているので、政府のコントロール下に有ると考えることができる。
したがって@式を

    ・・・・・A

と読み替えることができる。この式は、政府の t−1 期の貨幣供給が、の時にt−1 期の財の価格が となることを示している。
 

 

上記の検証

だけの貨幣が政府によって独占的に供給され、コントロールされているので、@式をA式として読み替えることができる。」との説明であるが、ここが一番重要な論理上の誤りである。

数学的な見地から言えば、A式は@式の両辺を で割った結果であり、 の場合を除き、無条件に下記の2つの事柄が成り立つ。

「@式が成り立つならば、A式が成り立つ」
「A式が成り立つならば、@式が成り立つ」

すなわち、@式  A式  の関係であり、二つの等式はまったく同じ意味であり、A式を導くために、「だけの貨幣が政府によって独占的に供給され、コントロールされているので、」と言う条件付けは必要ないものだ。

※補足説明 等式の性質

しかしながら、伝統的理論は「@式をA式として読み替えることができる。」としている。つまり伝統的理論では、@式とA式の意味を少なからず違う意味合いで捉えていると言うことである。

文章とその前後の脈絡からして、伝統的理論では@式の意味を

(経済主体が手に入れる貨幣の量) = (財の価格) × (財の数量) ・・・・・@´

と解釈している。そしてこれは正しい解釈であり、本当はA式の意味するものと全く同じ意味である。A式は@´式を次のように変形したものに過ぎない。 

(財の価格)=

(経済主体が手に入れる貨幣の量)

(財の数量)

 そして、伝統的理論では、貨幣量Mが政府によってコントロールされているという理由で、(経済主体が手に入れる貨幣の量)を(経済全体の貨幣供給量)と置き換えて、下記のような式の意味を結果的に捏造している。

(財の価格)=

(政府によってコンロールされる)経済全体の貨幣の量

(財の数量)

 @'の式の意味は全く正しいものであるが、「政府が貨幣量Mをコントロールしているから、経済主体が手に入れる貨幣の量も政府がコントロールしている」というのは、当初の前提である「毎期の生産が で一定である」という仮定と考え合わせると、(下表のように@'式において考えると)「財の価格を政府がコントロールしている」と言うことと道義語である。(3つの変数のうち2つが一定値もしくはコントロールされる値であれば、財の価格は必然的にコントロールされることになる。)これは資本主義の前提とははなはだ矛盾した説明である。

(経済主体が手に入れる貨幣の量)

(財の価格)

×

(財の数量)

政府がコントロール

 

 

 

毎期一定値

この説明に経済学者はこう反論するかもしれません。「これは財の価格を政府が直接コントロールしているのではなく、結果的に「物価水準」を政府がコントロールし得ることを説明しているのだ。」と。しかし数学的にはこの反論は妥当でない。等式の性質を良く復習してもらえば自明であるが、3つの項からなる@’のような式において、1つの項が一定値であれば、残り2つの項(変数)は必然的に関数関係(一方が決まればもう一方が決まる)になる。関数とは、同時的必然的なものでり、結果的にコントロールしているわけではありません。

上記で紹介した伝統的理論における「(自由競争のもとで経済活動をしている)経済主体が手に入れる貨幣の量」を「政府がコントロールしている」と言う仮定は、「財の価格は政府がコントロールしている」と数学的には同義語なのである。つまり、「結論」と同義語の事項を「仮定」しているのであって、説明としてはレベルの低いものだ。本当に説明・証明したいのであれば、なぜ「経済主体が手に入れる貨幣の量」=「政府がコントロールしている貨幣の量」と言えるのかもっと説明しなければならないでしょう。そしてその説明には、「以前の期からの持ち越しの貨幣が無いのか」「今期に得た貨幣のうち、貯蓄に回って財の購入に当てられない部分は無いのか」などについて考察が必要でしょう。

そもそも、この理論の冒頭にある説明で、「貨幣は政府が供給しているから、『経済主体が手に入れる貨幣の量』は政府がコントロールしている。」と言うのはあまりにも乱暴といわざるを得ません。

 

 


 

伝統的理論の検証(2)

このホームページの「お金とは何か―3― 副題:貨幣の「価値尺度機能」を相対性の観点から考える」の章で、貨幣価値について下記の結論を得ました。

(1)

経済事象を計測する単位である「貨幣」は自然科学のそれと違って、「不変な量を基準として規定されていない。」
(価値尺度である「貨幣」の価値の大きさは、あくまでも商品(使用価値)との交換比率(可変的)により表現されるに過ぎない)

(2)

人間が介在しなければ計測評価(交換)できない。またその計測評価も人や状況により変わりうる。

(3)

使用価値を交換価値に置き換えて評価しようとしたとき、もともと両者は異質なものである

(4)

したがって経済事象を科学的に考察しようとする際にはこれらの点に十分に留意しなければならない。

「財の価格」とは「貨幣との交換比率」です。したがって、財の価格についての論議は「貨幣の価値尺度機能」についての上記の事項を踏まえたものでなりません。「人間が介在しなければ計測評価できない」のですから、人間の意思決定や判断の仕方について全く触れない「価格に関する理論」は的確性を欠くと言わざるを得ません。ここで紹介した伝統的理論は財の価格決定の仕組みやインフレーションの仕組みを「財の量(Y)」や「貨幣の量(M)」の経済変数のみで説明しようとしていますが、この点でも賛同できないものです。

※同じく伝統的理論でも例えば、アダムスミスのいわゆる神の手:「需要と供給の釣り合ったところで価格が決まる」理論は、「この価格なら、経済主体が生産したい量はこのくらい」など、経済主体の判断が理論の中に組み込まれています。このように価格に関する理論は経済主体の判断の仕方について説明することが最低限必要だと言えます。

 


さて、貨幣の量とインフレーションの関係を説明する理論はいくつかあると思いますが、少なくともその一つである上記の理論についてはその妥当性があやふやであることを説明できたつもりです。また、前の章=ノーベル賞受賞経済学者 スティッグリッツ教授、造幣益について言及(政府紙幣の発行)=において、必ずしも紙幣の印刷がインフレにつながるものでは無いことを説明しました。日本にとって「紙幣の印刷」は必ずしも非現実的な経済政策では無いように思われます。

次の章「ベビーシッターの経済学」では、伊藤元重氏のテキストから引用した同名のコラムから引用した実話について掘り下げて考えてみたいと思います。


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